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北陸の旅

北前船の本拠地ー加賀橋立

石川県の片山津温泉の近くに、北前船で栄えた加賀橋立がある。重要伝統的建造物群保存地区に指定されているが、街並みの統一はこれからである。現在は古い当時の建物が二軒残っており、往時の雰囲気が感じるられるのはその建物の周辺だけである。

アクセス方法

交通はJR加賀温泉駅から加賀周遊バス(CANBAS)の海まわりで約45分ほどの距離にある。もつともこのバスいろいろな場所を周遊して行くので無駄が多い。おそらく、タクシーで飛ばせば15分程度で着けるのでないだろうか。最寄りのバス停は蔵六園と北前船資料館の二つあるが、二つの場所は歩いて数分の距離にあり、どちらで降りてもよい。なお、近くに橋立漁港の駅もあるが、ここは、少し離れており、歴史的には全く関係ない場所である。

加賀橋立について

加賀橋立には江戸時代後期から明治時代中期にかけて大阪と北海道間を往復した北前船の船主、船頭、船乗りが暮らしていた集落があった。 北前船の利益は莫大なもので、当時は立派な屋敷が連なっていた。

現在も残っている北前船主屋敷は蔵六園と資料館の二軒だけであるが、重要伝統的建造物群保存地区に指定されたため、周囲の町並みも今後は統一されていくようである。

北前船主屋敷蔵六園

北前船が盛んだった当時の船主の屋敷とその庭が公開されている。

蔵六園の玄関
蔵六園の玄関

蔵六園の部屋

蔵六園の内部
蔵六園の内部

蔵六園の庭は立派である。

蔵六園の庭
蔵六園の庭

北前船の里資料館

近くにもう一つの船主の館が資料館として公開されている。規模は蔵六園より大きい。船の模型など展示されていた。

北前船の里資料館の建物

北前船の里資料館の建物
北前船の里資料館の建物

北前船の里資料館付近の街並み

資料館付近の町並み
資料館付近の町並み

資料館の内部に展示されている北前船の模型

北前船の模型
北前船の模型

なお、実物大の模型は青森県の青森のみちのく北方漁船博物館に係留されている。

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高山周辺の旅

飛騨の小京都ー高山

高山には古い町並みが随所に残り、お寺も多く、また、祇園祭りに似た高山祭りがあるなど京都とよく似ている。山深い飛騨の国の小京都と云う印象である。


高山へは一度は行きたいと思っていたが、名古屋から特急でも2時間以上かかり、寄り道するにはいかにも時間の無駄と思えたので、なかなか訪れる機会がなかったが、今回、この近辺の観光地を同時に回ることを思いつき決行した。

高山はこじんまりとした町で、主な観光ポイントは市の中心地から徒歩10分圏内にあり、効率的に見学することができる。先ずは観光の基点になる高山陣屋を目指した。

高山陣屋

高山陣屋
高山陣屋

高山にも昔は城が在ったようであるが、江戸時代からは幕府の直轄地となり、代官の役所である陣屋が置かれた。この高山陣屋は当時の建物が原型に近い形で残っている数少ない貴重な建物とのことである。

陣屋のおしらす
陣屋のおしらす

内部は公開されており、各部屋を見て回ることができる。

お白洲もあった。ここで罪人は裁判を受けた。

古 川

高山の古川
高山の古川

京都には加茂川があるが、高山に古川がある。

三町(重要伝統的建造物保存地区)

古い建物が多い高山には二つの重要伝統的建造物保存地区がある。一つは三町で、ここはそれぞれの家が店を構え賑わっているので、観光客で溢れていた。

三町の町並み
三町の町並み

町並みの景観を見るには人が多すぎてあまり適さない感じである。特にこの日は七夕で、各店が飾りを出していたので、町並みの写真を撮るには邪魔となった。

下二之町(重要伝統的建造物保存地区)

下二之町の町並み
下二之町の町並み

もう一つのは少し離れた場所にある。古い建物が通り全体にあるという感じではなく、所々にあるので、通り全体の景観には欠ける。但し、観光客は少ないので写真を撮るにはよかった。

下二之町の町並み
下二之町の町並み

 高山祭屋台会館

高山祭り資料館
高山祭り資料館

高山を有名にしている物の一つに高山祭りがある。高山祭屋台会館には一部の山車が展示してあった。

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高山周辺の旅

夏の白川郷

合掌造りの集落として有名な白川郷を観光した。標高があるので、少しは涼しいかと思ったが、やはり日中は暑かった。それでも世界遺産に登録されているので、観光客が多い。特に、中国からの団体客が目立った。西洋人は短パン姿で旅行する人が多い。暑い夏でも少しはましなのであろう。

荻町城跡展望台

白川郷展望台からの眺望
白川郷展望台からの眺望

五箇山からのバスは各駅停車なので、展望台への遊歩道の入口となっている荻町で降りる。

山道を10分程登ると展望台である。展望台は集落全体を見渡せるので、絶好の撮影ポイントである。

展望台から高山行きの高速バスが出る観光案内所に向かい白川郷を縦断する。

重要文化財の和田家

白川郷の和田家
白川郷の和田家

展望台から降りてきて、最初にで出会うのが重要文化財の和田家。

集落の風景

白川郷の合掌集落
白川郷の合掌集落

合掌の家屋を見学しなが白川郷を縦断する。

明善寺近辺

この辺りの風景が一番まとまりがある。バスの発着場からも近く、人でも多い。

白川郷
白川郷
白川郷集落
白川郷集落

であい橋

白川郷出会い橋
白川郷出会い橋

高山からのバスの発着場所から集落の中心地に行くにはこの「であい橋」を渡る。

白川郷から高山へのバスは高速道路を使用するので、1時間弱で着くが、高速道路が殆どがトンネルなので、山深い雰囲気を味わうことはできない。

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高山周辺の旅

こきりこ節の伝承地ー五箇山

合掌造りの集落として白川郷とともに世界遺産に登録されている。しかし、観光客は殆ど白川郷止まりで五箇山まで足を伸ばす人は少ない。また、民謡「こきりこ節」の里としても知られている。

城端から車で15分ほど走り、トンネルを抜けると谷の深い山間の道に出る。この辺りは金沢藩の流刑地であったことで分るように、切り立った山、深い谷、急流で水量の多い庄川、と山深い里である。

五箇山はこの辺りの猫の額ほどの平地に作られた集落である。白川郷と較べて規模が小さいが、観光客も少なく如何にも辺境の里というイメージがする。ゆっくり観光するのには適しているかもしれないが、観光地が点在しており、車がなければ効果的に観光できない。

相倉合掌造り集落

五箇山の見所の一つ世界遺産の相倉合掌造り集落。山間の台地に20戸ほどの合掌造りの家がある。自然に溶け込み雰囲気がある。

五箇山の茅葺屋根集落
五箇山の茅葺屋根集落

 上梨集落

相倉合掌造り集落からくるまで10分程度のところに上梨集落がある。ここには合掌造り集落と言えるものはないが、重要文化財の村上家や数軒の合掌造りの家がある。また、金沢藩の流刑小屋もある。

庄川の流れ

五箇山付近の庄川
五箇山付近の庄川

重要文化財の村上家

五箇山の重要文化財の家
五箇山の重要文化財の家:村上家

金沢藩の流刑小屋

急激な庄川の流れが対岸との往来を遮っていた。

金沢藩の流刑小屋
金沢藩の流刑小屋

こきりこ、板ざさら、棒ざさら

楽器の「こきりこ」
楽器の「こきりこ」

村上家の屋内に置いてあった楽器。「こきりこ」とは23センチ程度の竹の棒で、よく乾いているので、叩くと良い音がする。写真の大きな楽器から順に「板ざさら」「棒ざさら」「筑子(小切り子)」。

菅沼合掌造り集落

五箇山のもう一つの目玉、菅沼合掌造り集落は上梨集落から車で更に10以上離れた場所にある。白川郷に向かう国道の少し下の台地にあるが、バスの中からもその存在は確認できた。見学は時間の関係で省略した。

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高山周辺の旅

古い街並みのある高岡

現在の高岡は金沢と富山の間にあってあまり目立たないが、赤レンガの銀行建造物や重要伝統的建造物保存地区に指定されている街並みが二つある非常に歴史のある街である。

高岡は1609年に加賀藩主の前田利長が高岡城を築城したことにより発展した城下町である。最初は観光する予定でなかったが、時間に余裕ができたことと、駅構内の案内で10分程度で赤レンガの銀行に行けることが分ったので、時間の許す限り見学することにした。

富山銀行本店

赤レンガの銀行は清水組の田辺淳吉が設計し、東京駅の設計で有名な辰野金吾が監修し、建物された代表的な近代建築である。同じ雰囲気の銀行建造物は盛岡や京都でも見たが、この建物もなかなかのものである。

富山銀行
富山銀行

山町筋の商家町(重要伝統的建造物保存地区)

高岡には国の重要伝統的建造物保存地区に指定されている街並みとして山町筋の商家町と金屋町の鋳物師町の二つがある。山町筋は土蔵造りの町並みとし親しまれているが、道路が広いのと建物が連なっていないので、多少印象は薄くなる。

高岡
高岡の山町筋の町並み
高岡
高岡の山町筋の町並み

高岡大仏

高岡大仏は三大大仏の一つ。見た感じでは奈良や鎌倉の大仏に較べると小ぶりでなかと思っていたが、実際は鎌倉の大仏より大きくて2番目だそうだ。

高岡の大仏
高岡の大仏

金屋町の町並みは少し遠いのと暑かったので、今回は諦めた

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津軽地方の旅

黒石の重要伝統的建造物群保存地区「こみせ」

弘前から電車で30分ほどの距離にある黒石は黒石藩の城下町として栄えた町で、現在も重要伝統的建造物群保存地区に指定されている中町の「こみせ」通りには古い商家の町並みが残っており、非常に印象的な町である。
黒石市は弘前駅から弘南鉄道の弘南線の終点で、乗車時間は30分弱である。
黒石市は、十和田八幡平国立公園北西の玄関口に位置するところにあり、江戸時代は弘前藩から分かれた黒石藩の城下町として栄えた。

重要伝統的建造物群保存地区の中町「こみせ」

日本の道100選にも選ばれている「こみせ」通りは黒石駅から10分程歩いた距離にある。
中町にある「こみせ」通りには風格のある建物が、長い木製の軒先を出しアーケードとなっており雪国独特の雰囲気を残しており、非常に風情のある町並みである。数ある重要伝統建造物保存地区でも指折りの景観に入ると思う。

軒下の屋根を大きく外側に張り出させアーケードとしている。雪深い地方の工夫が偲ばれ興味深い建物である。

黒石の「こみせ」
黒石の「こみせ」

高橋家は江戸時代中期に立てられた津軽地方の代表的な商家で、重要文化財に指定されている。前日降った雪が解けて軒下に垂れ、風情を醸し出していた。

黒石市の高橋家
黒石市の高橋家

中村酒造に飾ってある杉玉。新酒が出来たことを知らせるためのもので、杉玉の古さによって新酒からの経過時間が分る。

黒石市の中村酒造
黒石市の中村酒造
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北東北の旅 津軽地方の旅

弘前の武家屋敷の町並み

弘前城の北側にある仲町一帯には重要伝統的建造物群保存地区に指定されている武家屋敷の町並みが残っている。昔の屋敷が現状のまま残っているのは数軒であるが、一般住宅も昔の雰囲気を壊さないようにサワラの生垣や板塀で統一されている。

重要伝統的建造物群保存地区

弘前城の北側、城から一つ奥の通りが武家屋敷の町並みが広がる仲町である。藩政時代の初期の頃は北門が表玄関であったから、直ぐに登城る場所に作られたのであろう。城からも近く手軽に散策できる場所である。旧岩田家住宅付近の地図。

石場家住宅

弘前城の北門を出たところに江戸時代中期の豪商の商屋で重要文化財になっている石場家住宅がある。この通りの一つ奥の通りが仲町の武家屋敷である。

石場家住宅
石場家住宅

保存地区の景観

重要伝統的建造物群保存地区に指定されている仲町で、現在も、昔の武家屋敷そのものが残っているものは少ない。ただ、景観を保つため、一般住宅も雰囲気を壊さないようにサワラの生垣や板塀で統一されており、なかなか良い。但し、あまり古さは感じない。

 昔のまま残る旧岩田家住宅

町並みの東側の一番奥にある旧岩田家住宅だけは昔の武家屋敷として残っており、県重宝に指定されている。旧岩田家住宅は約150年前に建てられ中級武士の住宅で、内部を見学することもできる。江戸時代後期の武家の生活を知る貴重な建築遺構の一つとなっている。

旧岩田家住宅
旧岩田家住宅

旧伊東家住宅と旧梅田家住宅

保存地区の西側の端には旧伊東家住宅と旧梅田家住宅が移築保存されている。 旧伊東家住宅は藩医をつとめていた伊東家が200年ほど前に建てたもので、伝統的建造物の保存にあたり現在地へ移転復元されてたものである。県重宝に指定されている。

l旧伊東家住宅
l旧伊東家住宅

旧伊東家住宅の隣には150年ほど前に建てられた武家屋敷の旧梅田家住宅がある。これも移築されたものであろう。

旧梅田家住宅
旧梅田家住宅
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北東北の旅

角館の桜と武家屋敷の町並み

角館は重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている上・中級武士の武家屋敷の町並みが残った風情のある町である。町の各所で京都から持ち込まれたシダレザクラが立派に育成され、見事な花を咲かせている。また、近くの桧木内川には桜の木が2キロにわたって植えられており、豪快な桜のトンネルを作り出している。

角館駅から遠い武家屋敷

盛岡から角館までは秋田新幹線「こまち」で45分ほどである。「こまち」はすべて座席指定であるが、盛岡ー秋田間だけは立席特急券が発行される。行った時も通路には多くの人が立っていた。
重要伝統的建造物群保存地区の武家屋敷や桜並木のある場所は近いところでもJRの駅から600メートル程度、遠い所では1.8キロ程度離れており、単純に計算して往復するだけでも小1時間かかる。ただ、観光バスの場合は桧木内川の近くに大きな駐車場があり、観光スポットを手軽に見学できる。

角館駅で手荷物を駅のロッカーに預けたかったが既に一杯で仕方がなく担いで行くことにした。もっとも、ロッカーは近くの観光案内では空いていたようであり、カタクリ群生の郷に行ったときはここのロッカーを利用した。

重要伝統的建造物群保存地区の武家屋敷の町並み

観光地区ではあるが、比較的角館駅に近い情報センターのロッカーが空いていたので利用した。先ずは比較的観光客が少ない田町武家屋敷の辺りを見学した。この地区は昔の屋敷そのものが残っている家は少ないが、町の雰囲気を壊さないように板塀などで統一されている。桜の木は少ないが随所に、風情のある姿で植えられており、黒い板壁との対比が素晴らしい。

角館の町並み
角館の町並み

角館は秋田の久保田城を拠点とする佐竹一族と関連する藩である。佐竹一族は本家の他に有力な4家(東家、西家、南家、北家)があり、その一つの北家が角館を治めていた。

角館下新町
角館下新町

小京都の角館

1656年に佐竹氏の分家である佐竹北家の佐竹義隣が角館に入りったが、佐竹義隣は京の公家と関係が深く、二代目の佐竹義明も公家の娘を正室に迎えたことから角館には多くの京文化が移入された。以後11代明治時代まで佐竹家は続いた。枝垂桜も京都から持ち込まれた。

角館の桜
角館の桜

黒板塀の中の家の多くは一般の家や施設を囲んだものであるが、中には県や市の文化財に指定されている青柳家、石黒家、松本家など数軒の建物がある。家の中を有料で見学できる。

文化財の家
文化財の家

武家屋敷の桜

武家屋敷を構成する町は広く。主要な道路だけでも1キロ以上に及ぶ。観光地のメインである表町に近づくに従って観光客も増加してきた。武家屋敷地区の桜は殆どが枝垂桜である。どこか優美である。

表町武家屋敷。観光バスのターミナルも近く、この辺りは観光客で溢れている。桜は見事であるが、町の風情は感じられなくなる。駅からは一番遠く離れている場所となる。

角館の桜
角館の桜
角館表町
角館表町

桧木内川の桜

桧木内川堤には全長2kmに渡って400本のソメイヨシノが植えられ、武家屋敷の枝垂桜とは違った豪快な桜並木を作り出している。

桧木内川堤の桜
桧木内川堤の桜

この近くには観光バスの駐車場があり、多くの観光客がいた。

桧木内川堤の桜のトンネル
桧木内川堤の桜のトンネル