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城下町の臼杵市の旅

臼杵石仏へ行く途中で臼杵市を観光した。古い史跡が点在しているが、新規に作られたものも多く、全体的に枯れていないという感じである。時代が経てば少しはよくなるので、将来に期待したい。

臼杵市について

臼杵市は大分からJR日豊本線で45分程度下ったところにある静かな町で、臼杵藩の城下町として栄えた。現在も臼杵城址や古い建物が残り昔の面影を残す雰囲気のある城下町となっている。また、近くには国宝となっている臼杵石仏がある。

別府や大分ではSuicaが使用できたが、臼杵駅ではまだ使用できなかった。現金で清算し、帰りにSuicaで乗車した別府に立ち寄り臼杵駅でもらった証明書を見せ修正してもらった。

臼杵城址

臼杵城は戦国時代に大友宗麟が臼杵湾に浮かぶ丹生島に城を築いたことに始る。江戸時代は関ケ原の戦いで功績のあった稲葉貞通が入り臼杵藩を名乗った。

臼杵駅から10分ほど歩くと臼杵城址である。但し、この方面から城址に入ると昔は船着き場であったところで抜け道から城址に登るような感じである。

城を島の岸壁の上に築いたのであろうが、丘の上の突き出したところに卯寅口門脇櫓が建っている。岸壁はコンクリートで補修された形跡が見られ、少し趣きは落ちる。

最盛には三重の天守閣と31基の櫓があった比較的大きな城であったが、明治時代に入り、各地で不満分子が反乱することを恐れたのか、明治政府は一部の建物を残し取り壊している。周囲の海も完全に埋め立てら、現在は丘の上の公園として活用されている。

現在、当時物が残っているのは石垣、空堀に、二の丸に畳櫓が、本丸に卯寅口門脇櫓だけである。

臼杵城卯寅口門脇櫓
臼杵城卯寅口門脇櫓

丘の上に登り本丸のあった場所には石垣だけが残っている。この上に天守でもあったのであろう。

臼杵公園に残る石垣
臼杵公園に残る石垣

本丸のあった場所は現在護国神社となっており、歴代藩主と西南戦争で亡くなった人が祭られている。一部庭園のようになっているが、本丸御殿の庭のあとでないかと思う。

臼杵護国神社
臼杵護国神社

二の丸大手門に当たる大門櫓が木造で復元されている。

臼杵城大門櫓
臼杵城大門櫓

正門方面から少し下ったところに二の丸がのあった。この所に畳櫓が残っている。

臼杵城畳櫓
臼杵城畳櫓

現在は建設当時の海に囲まれた城との面影はないが、櫓や石垣が不規則で並んでおり、丘の上に地形を生かした建てられた野生味のある城だなとの印象である。当時の物も少し残っており、公園を散策する気持ちで訪れると良いと思う。続100名城にカウントされている。

稲葉家下屋敷と旧平井家住宅

臼杵城址から5分ほど歩いたところに、稲葉家下屋敷が残っている。

臼杵市の下屋敷辺り
臼杵市の下屋敷辺り

明治時代に建てられた屋敷であるが、昔の大名の生活を偲ぶには十分である。

稲葉家下屋敷
稲葉家下屋敷

二王座歴史の道について

二王座付近には狭い道に武家屋敷や古いお寺が残っており、城下町として臼杵を代表する道である。

所々に古い建物が残っているが、中には最近建設されたものもあり、全体的にまだ調和していないという感じである。

後藤家長屋門
後藤家長屋門
稲葉家長屋門
稲葉家長屋門
二王座歴史の道
二王座歴史の道

龍原寺三重塔

江戸時代に建てられた三重塔である。なかなか趣がある。

龍原寺三重塔
龍原寺三重塔

臼杵市の観光は臼杵摩崖仏の観光がメインであったので、かなり駆け足で見て回った。三重塔のところからバスに乗って石仏方面に行った。バスの本数が少ないので、事前によく計画しておくことが必要である。

クラブツーリズムのツアー記録

本来のツアーは今日は高千穂方面であるが、バスの乗車時間が長いことから我々は敬遠し、臼杵方面の観光に切り替えた。

中間日に実施されるツアーはすべて旅行代金に含まれているがオプション扱いになっており、キャンセルするのは自由である。

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観光客で溢れる由布院温泉

由布院温泉の繁華街を2時間程度散策した。由布岳に金鱗湖と素晴らしい景観が味わえる場所もあるが、観光客(特に外国人)が多いのには閉口する。由布院温泉は散策するところでなく宿泊するところだと感じた。

由布院温泉について

由布院温泉は、大分県のほぼ中央に位置する由布市にある温泉郷である。温泉湧出量は別府温泉に次いで全国2位とのことである。広い範囲で湯が湧くため、旅館が一箇所に集積することなく、観光客の多い繁華街から外れた周辺の川沿いや林の中、丘の上などに点在している。

由布院駅から温泉街に伸びる駅前通り、湯の坪街道から金鱗湖に至るまでの道路沿いに食べ物屋や雑貨店が軒を並べ、多くの観光客があふれている。丁度、鎌倉の小町通のような様相である。九州は韓国や中国から近いためか、特に中国人や韓国人が多い。人に寄って好みは分かれるだろが、私は少し俗化し過ぎているように感じた。

由布岳と金鱗湖

観光地としての由布院温泉の魅力は由布岳がまじかに見えることでなかろうか。

由布岳は標高1583メートルの火山で、東峰と西峰の2つのピークを持ち火山独特の景観を呈している。金鱗湖まで来ると由布岳はまじかに迫り見上げるような感じになる。

金鱗湖は由布岳の麓に広がる周囲が約400メートル、水深が約2メートルの小さな湖である。この湖に温泉水も流れ込んでいるため、温度差から秋から冬にかけて早朝に霧が立ち込めることが多く、幻想的な光景が見られるとのこと。

湯布院の金鱗湖
湯布院の金鱗湖

クラブツーリズムのツアー記録

由布院温泉の散策はクラブツーリズムのツアーで行ったものであり、記録のため、その内容を記載しておく。

タデ原湿原を11時半頃出発する。1時間ほどで由布院温泉に到着する。ここで昼食も含め2時間ほど自由時間となる。先ずはバスガイドの案内で繁華街を通り金鱗湖まで案内してもらう。我々は金鱗湖付近の蕎麦屋で昼食をとる。食べたおろし蕎麦は腰があり美味かった。

金鱗湖付近を散策する。この辺りは自然も豊かで写真の素材になる風景が多い。建物も亀の井別館の建物が趣きがあり良かった。

亀の井別荘
亀の井別荘

バスの集合時間を考えながら繁華街を戻りながら散策する。

次は、由布院温泉で入浴のため、駐車場からバスで10分ほど乗り、由布院のホテルに移動する。この辺りは人通りも少ない。このホテルで温泉の入浴も含め1時間の自由時間となる。温泉に入ったが浴室からは由布岳がよく見えるように設計してあった。

私は早めに入浴を切り上げ、ホテルの近所の大分川沿いを散策する。ここは人も少なく由布岳もよく見えので、絶好のビューポイントである。

由布岳の景観
由布岳の景観

3時40分頃由布院のホテルを出発し、小1時間で別府のホテルに戻る。

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九重連山の山並みが美しい:タデ原湿原

九州には特徴のある山が多い。タデ原湿原は九州の最高峰北岳が見える美しい場所である。ただ、訪れた時は山焼きの後で湿原に緑はなかった。

タデ原自然研究路

タデ原湿原は九重連山の北側の標高約千メートル付近に広がる火山地形の湿原である。山岳地域に形成された中間湿原としては国内最大級の面積を持つことなどから、国際的にも重要な湿地と認められ、ラムサール条約に登録されている。

タデ原湿原は木道が整備されており、長者原ビジターセンターから3つのコースが体力や時間によって選べるようになっている。

A)タデ原絶景コース  :所要時間 約20分
B)タデ原1週満喫コース:所要時間 約40分
C)草原・森コース   :所要時間 約60分

AとBは湿原の中だけを歩くコース。訪れた時は山焼きの後で、湿原は山焼きの後だったので まだ植物が育っていないのが残念であった 。5月になれば芽吹いてくるのであろう。

九重連山の星生山
九重連山の星生山

Cはこれに林の中が加わるコースである。林の中は少し高低差があるので、足への負担が多少大きくなる。林の中は大きな石が転がっていた。火山の影響であろうか。

タデ原湿原の林部分
タデ原湿原の林部分

水が湧き出しているところがあったが、温泉の様相を呈していた。

火山性の湧き水
火山性の湧き水

九重連山について

タデ原湿原は九重山脈が美しく見えるところである。周囲の山も綺麗である。

九重連山は九州の中央、大分県玖珠郡九重町から竹田市久住町の北部に位置する火山群である。 東西は13km、西側には久住山系の山々、東側には大船山系の山々が並んでいる。最高峰は九州の最高峰でもあり、日本百名山にも数えられている中岳である。

野焼き後のタデ原湿原
野焼き後のタデ原湿原

九重山は現在も活動しており、噴火警戒レベルは1ある。約20万年前から活動している比較的新しい火山群で、そのなかで約1600年前に噴火して形成された九重連山の東に位置する黒岳は最も新しい山です。周辺地域は地熱地帯になっています。

クラブツーリズムのツアー記録

タデ原湿原はクラブツーリズムのツアーで観光したものであり、記録のため、その内容を記載しておく。

別府のホテルを9時に出発する。高速道路を通り1時間半ほどでタデ原湿原に到着する。ここで1時間10分ほど散策の時間となる。多くの人は一番長いCコースを散策していた。

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本州と九州を結ぶ関門人道トンネル

本州と九州を歩いて渡れるトンネルである。トンネルであるため見る価値のあるものはないが、記念にはなる。

関門人道トンネルについて

関門海峡で本州と九州が最も近いあたりにトンネルはある。トンネルは上下に区切られており、上は車道、下は人道で歩いて渡れるようになっている。両岸の道路沿いに出入口となる建物が建てられている。エレベーターで下に10階程度(60メートル)ほど降りると本州と九州を結ぶトンネルがある。

歩行者用のトンネルの長さは780メートル。健康のためやイベントで歩いている人は結構多い。我々は歩くのを主体としたツアーであり、このトンネルを往復することになっている。

トンネルの中ほどには福岡県と山口県の県境の標識がある。中間地点が多少下がっているようで中間地点を過ぎると多少足に付加が加わる。

対岸の下関側に着くとまたエレベータがある。これで55メートル登ると地上にである。海際にみもすそ川公園が作られている。

多くの古戦場があるところ:
みもすそ川公園

山口県側の壇ノ浦には歴史上の事件が多く起こっている。

巌流島の決闘

武蔵と佐々木小次郎が対戦した巌流島は山口県側から400メールに浮かぶ関門海峡の小島である。現在は船島と言われている。

平家と源氏の壇ノ浦の戦い

平安時代に平家と源氏が最後に戦ったところである。みもすそ川公園にも源義経と平知盛の像が作られている。また、みもすそ川のレプリカの橋が作られているが、これは、みもすそ川というのは伊勢神宮の五十鈴川の別名でこの流れの先に天国があると信じられており、二位尼が安徳天皇を抱いて入水自殺を行うとき
みもすそ川の流れる先には天国があると諭した史実に基づくものである。

下関戦争の舞台

江戸時代の末期、長州藩が攘夷の決行として、関門海峡を航行中するアメリカ・フランス・オランダ艦船に砲撃した場所である。事件を起こした翌年には反撃され、砲台を徹底的に破壊されている。

クラブツーリズムのツアー記録

関門人道トンネルのウオーキングはクラブツーリズムのツアーとして行ったものである。このツアーの記録として残しておく。

門司レトロから15分程度バスに乗り関門人道トンネルのある場所に移動する。関門人道トンネルで1時間の自由行動となり、添乗員の案内のもとトンネルを往復する。

ウオーキング終了後は宿泊先に別府のホテルに向かう。ホテルまでは1時間ほどかかるので途中で短いトイレ休憩があった。

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近代建築が魅力の港町:門司港レトロ

門司港は海上交通の要所である関門海峡が見渡せる港である。狭い海峡に船舶が行き交い、遠くには現在建築の粋を集めた関門橋が見える。この門司に戦前のレトロな近代建築が集められ、テーマパーク的な港町になっている。それが門司港レトロである。

門司港レトロの歴史

門司は本州に最も近く、昔から九州の玄関口として重要な役割を果たしていた。明治になり国の特別輸出港に指定されると、外国航路の拠点および貿易港として役割も加わり、金融機関や商社・海運会社の支店が相次いで進出し、多くの近代建築が建設された。

しかし、戦後中国や韓国との貿易が減少し、関門鉄道トンネルや関門橋が開通すると、門司港駅を経由せず旅客や荷物の往来が可能になり、門司港は急速に寂れていった。

その様な状況で中、門司港駅が国の重要文化財に指定された。これに伴い、門司に残る歴史的建造物を活用し、観光地として再整備されることになり、現在に至っている。現在は韓国や中国人など外国人観光客も多く賑わっている。

門司レトロにある代表的な近代建築

門司港レトロにある代表的な建物について紹介する。門司にはこれ以外にも優れた近代建築は多いが、時間の都合で行けなかった。

門司港駅駅舎

門司港の陸の玄関に当たる門司港駅の駅舎は大正13年に建築されたネオ・ルネッサンス様式の木造2階建ての建物である。戦争により屋根がなくなっていたが、平成31年に修復工事が行われた。そして、駅舎としては全国で初めて国の重要文化財に指定された。

門司港駅は関門トンネルが開通するまでは九州の鉄道の玄関口として賑わった。
現在も鹿児島本線の始発駅ときて活用されている九州最古の現役駅舎である。内部も趣きがあり、平成19年に日本経済新聞社が行った「足を延ばして訪れて見たい駅」のアンケートで全国第1位に選ばれたことがある。

旧大阪商船門司支店

化粧レンガが使用された美しい建物は大正6年に建設された大阪商船の門司支店である。設計は河合幾次、施工は内海鶴松である。

建物は木造の二階建てあるが、一部にレンガ型枠のコンクリート造りで表面はオレンジ色のタイルが使用されている。国の登録有形文化財に登録され、近代化産業遺産に認定されている。門司港レトロで一番気に入ったた近代建築である。

建設当時は、北側は海に面し、専用桟橋から直接乗船可能であった。

旧門司三井倶楽部(~旧門鉄会館)

大正10年に三井物産門司支店の社交クラブとして建築された。設計は松田昌平。

この建物は門司港レトロの開発に合わせて移築されたものである。平成2年に重要文化財に、平成19年には、近代化産業遺産に認定されている。

アインシュタインが宿泊したこともあり2階には当時の状態で「アインシュタインメモリアルルーム」が、門司が出生地の林芙美子の資料室もある。1階にはレストラン「三井倶楽部」が入っているが、人気があり混んでいた。私達はここで食事することが出来なかった。

旧門司税関 

明治45年に焼失した門司税関の2代目の庁舎として建設された。設計は大蔵省臨時建築部(妻木頼黄/咲寿栄一)。施工は清水組である。戦争等で痛みがひどかったが、門司港レトロ事業の一環として修復された。近代化産業遺産に認定されている。

北九州市大連友好記念館

この建物も美しいが、北九州市と大連市の友好都市締結15周年を記念して整備された中国の大連にあった東清鉄道汽船会社事務所の複製建築物である。

クラブツーリズムのツアー記録

門司港レトロはクラブツーリズムのツアーで観光したものであり、記録のため、その内容を記載しておく。

北九州空港を出発して30分程度でJR小倉駅に到着する。ここで新幹線で移動の 関西方面からのツアー客と合流する。

小倉駅で新幹線のツアー客を乗せたあと門司レトロに向かう。11時頃門司レトロに到着。ここで昼食も含め1時間40分程度自由時間となった。

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北海道の旅

北海道(道中)旅行の概要

今回の旅行では支笏湖、登別、洞爺湖、積丹半島など北海道の中央部の観光地を周遊した。

火野正平のNHK 「にっぽん縦断 こころ旅」の北海道編を見ていて、広大な自然に感動。急に北海道を旅行したくなり、息子を誘いミニ連休を利用してドライブ旅行に出かけた。今回は息子が北海道は初めてでもありメジャーな観光地をメインにドライブした。幸いにも天気にも恵まれ北海道の自然を満喫、快適な旅行ができた。今回は概要を記載。

スカイツアーズをネットで予約

北海道旅行についてネットでいろいろ調べた。安価に行ける旅行もあるようであるが、それらは安価になるような条件で設定された価格であり、その条件から乖離するに従って料金が加算され、希望する条件になると結構いい値段になることが分かった。その中で、個人旅行にはANAのスカイツーズが一番融通ありそうなので、スカイツアーズで計画した。

先ずは飛行機のフライトとホテルを選択する。北海道の場合、フライトは行きと帰りは同じ空港にする必要はなく、選択の幅は広くなる。当初は新千歳、函館で考えたが、ドライブする距離が長くなるので、素直に新千歳、新千歳とした。フライの価格はその時点のこみ具合によって追加料金が発生する。

宿泊場所は各地で提携されているホテルの中から選ぶことになるが、他の旅行会社に比べ、一番選択の幅は広いように感じた。ただし、リストアップされているホテル等は主要な観光地の代表的なホテル等なので、民宿や有名でない地区で宿泊することはできな。
ネットで予約すると。フライトのバーコード付きの資料が送られてくる。私に場合、帰りのフライトは既に座席は決定していたが、行きのフライトはまだ未決定であった。この場合、当日にカウンターで決定してもらうか、あるいは事前にネットから自分で選択するかである。但し、事前に予約できる座席の数は限られているので、予約できないこともある。座席が決定すると荷物検査と機内に入るとき、このバーコードを読み取り機器にかざせば搭乗は可能となる。
レンターカーやホテルはカウンターで名前を言えば話は通じる。

レンタカー会社について

新千歳空港の場合、レンタカーで旅行する人が多いのか、空港内に各社専用のカウンターが設置されている。そこで名前を言えば話は通じ、マイクロバスで10分ほどの距離にある事務所まで案内してくれる。その場所には各社レタンタカー会社が軒を連ねているので、どこの会社を利用しても利便性はあまり違わない感じである。

会社からロードマップと観光施設の割引券のセットをくれたがよく見なかったので利用できなかった。念のため雨傘を借りて行ったが役にたった。
条件が満タン返しの場合はツアーの終了後、車をその事務所に返せば、事務所で給油し、消費したガソリン代を清算してくれる。
空港までは定期的に運行されているマイクロバスで送迎してくれる。

旅行の概要と感想

今回は支笏湖、登別と観光、室蘭で宿泊、次の日は洞爺湖を中心に観光、ニセコで宿泊、3日目は積丹半島を一周し、小樽で宿泊、最終日は札幌郊外を周り千歳と北海道の中央部を周遊した。その内容については個別の項目でまとめる。
全体的に北海道は自然が多く残っており、人工物は少なく眺望は自然そのものである。山が多いのであろうか道路には起伏が多い感じである。火山で出できた山が多いのか本土の山とは形状が異なった景観である。
北海道は信号が少ない。市街地を離れると殆ど信号がないので、ナビーが示す到着予定時間より7割程度早く到着する感じである。

道路はよく整備されているが、通行止めの箇所が幾つかあった。また、狭い山道でミラーが設置されていない部分もあり、対向車があれば衝突の可能性が高いと思われる箇所もあった。災害のあった直後なので、道路がまだ修復されていなかったのかもしれない。計画するときは事前によく調査が必要と感じた。

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北海道の旅

町村農場ミルクガーデンー石狩平野でリラックス

町村農場事務所
町村農場事務所

札幌の郊外、広い石狩平野の真ん中にある農場である。

乳製品の販売店と牛舎があるだけで、他にレジャー施設は何もない。ゆったりと出来るのだけが取柄である。

町村農場ミルクガーデンの地図

北海道旅行も4日目、札幌は何時でも行けることから、小樽から札幌を迂回して、新千歳空港に向かうことにした。今までドライブしたところは山が多かったが石狩平野に入ると山は見えなくなった。北海道の広さを実感する。石狩川を渡り、町村農場ミルクガーデンーに行った。

農場を散策

町村農場牛舎
町村農場牛舎

平日で我々以外に観光客は誰もいない。売店でアイスクリームを買って、農場の広場で食べた。食通でないので、美味しさの程度は判別できない。まあ、美味しいとコメントする人がいるので、多分美味しいのであろう。おみやげに乳製品を買った。

広い農場を散策する。牛舎があつたので見学するが、臭いのには閉口した。早々に退散する。

町村農場周辺の自然
町村農場周辺の自然

特に何をする訳でもなく、天気も最高、農場内の道を散策した。まあ、のんびりとするのもの良いか。

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小樽ーレトロな雰囲気の漂う町

戦前に栄えた小樽には戦前に建てられた古い建物が多く保存されており、明治のロマンを感じさせる町である。特に、商店のような小さな家は他の地方には珍しく小樽独特の味をだしている。宿泊したソニアの近くには古い建物が多く残っており、夕食時と朝早くホテルの周囲の写真を撮った。
なお、銀行と倉庫の写真は以下を参照。

小樽について

江戸時代には松前藩の商場が置かれていた。明治になり北海道の道都が札幌に定められたの伴い、海の玄関口である小樽に石炭の積出し港、ニシン漁の拠点、そして国際貿易港として、人や物が集まり、銀行や商社が支店を構えた。日銀の支店も作られている。

しかし、戦後小樽が栄えた経済的な基板が失われると急速に変貌していった。現在は戦前に建てられたレトロな建物を売り物しして観光都市として側面が強い。

堺町通り

古い町並みを保存した店が多く、独特の雰囲気を醸し出している。

境町繁華街の町並み
境町繁華街の町並み

岩永時計店(小樽オルゴール堂堺町店)

岩永時計店(小樽オルゴール堂堺町店)
岩永時計店(小樽オルゴール堂堺町店)

住 所:小樽市堺町1番21号
建築年:明治29年
構 造:木骨石造2階建
小樽市指定歴史的建造物
小樽市都市景観賞

金子元三郎商店(瑠璃工房)

金子元三郎商店(瑠璃工房)
金子元三郎商店(瑠璃工房)

住 所:小樽市堺町1番22号
建築年:明治20年
構 造:木骨石造2階建。両袖にうだつを建て。2階正面の窓には漆喰塗りの開き窓。
小樽市指定歴史的建造物
小樽市都市景観賞

名取高三郎商店(ナトリ(株)小樽支店/大正硝子館)

住 所:小樽市色内1丁目1番8号
建築年:明治39年
構 造:木骨石造2階建。西側と南側に開いた形で防火のためのうだつ
小樽市指定歴史的建造物

名取高三郎商店(ナトリ(株)小樽支店/大正硝子館)
名取高三郎商店(ナトリ(株)小樽支店/大正硝子館)

染色アトリエKAZU

住 所:小樽市色内1丁目10番23号
建築年:明治30年頃

染色アトリエKAZU
染色アトリエKAZU

利尻屋みのや不老館

建物の詳細は分からないが、おしゃれな店である。

利尻屋みのや不老館
利尻屋みのや不老館

17号線沿い
昔は17号線はなく、直接運河に面していた。建物の役割も異なる。

荒田商会本店事務所

住 所:小樽市色内1丁目2番17号
建築年:昭和10年
構 造:木造2階建
小樽市指定歴史的建造物

荒田商会
荒田商会

通信電設浜ビル(協和浜ビル)

住 所:小樽市色内1丁目2番18号
建築年: 昭和8年
構 造:鉄筋コンクリート造4階建。正面デザインはすべて左右対称。玄関周りは花崗岩。
小樽市指定歴史的建造物

通信電設浜ビル(協和浜ビル)
通信電設浜ビル(協和浜ビル)

ソニア

「ソニア」ホテル
「ソニア」ホテル

出抜小路

日銀通りの運河近くに小さな店があつまった一帯がある。この辺りを出抜小路と呼んでいる。

てんぷら脇坂(石水)

てんぷら脇坂(石水)
てんぷら脇坂(石水)

小樽なると屋

小樽なると屋
小樽なると屋

色内大通り付近

昔のメイン通りであり、古い建物が多く残る。

小樽商工会議所

住 所:小樽市色内1丁目6番32号
設 計:土肥秀二
施 工:萬組
建築年:昭和8年
構 造:鉄筋コンクリート造3階建。外装は石川県産千歳石。正面玄関は土佐産の大理石。
小樽市指定歴史的建造物

小樽商工会議所
小樽商工会議所

塚本商店(cafe色内食堂)

所在地:色内1丁目6番27号
建築年:大正9年
構 造:木骨鉄網コンクリート造2階建。出入口や窓を防火戸。
小樽市指定歴史的建造物
小樽市都市景観賞

塚本商店(cafe色内食堂)
塚本商店(cafe色内食堂)

越中屋ホテル

住 所:小樽市色内1丁目8番25号
建築年:昭和6年
設 計:倉澤国治
構 造:鉄筋コンクリート造4階建。中央の縦2列のベイウィンドウ。
小樽市指定歴史的建造物

越中屋ホテル
越中屋ホテル
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北海道の旅

小樽の近代建築(倉庫)

戦前、小樽は北海道の玄関港としてに非常に栄えた港町であった。このため、多くの倉庫が建造された。戦後、小樽は経済的な変化から港町から観光都市に変貌するが、それに従って、倉庫も役割が変わり、現在は飲食店などに活用されている。建設された時はデザインなどは配慮されなかったと思われるが、倉庫と言えどもそれなりに整備され、年代を経ると、以外と味がでてくるものである。

小樽運河界隈付近

倉庫が多く集まるのは小樽運河界隈である。

小樽観光の目玉的な場所である。運河側から見た倉庫全体の風景。

小樽運河
小樽運河

倉庫も表側に回ると別の表情が見えてくる。

浪華倉庫(小樽運河食堂)

住 所:小樽市港町6番5号
建築年:大正14年
構 造:木骨石造1階建
小樽市指定歴史的建造物

浪華倉庫
浪華倉庫

びっくりドンキー

倉庫の内部が改築され飲食店に生まれ変わっている。運河側は景観に配慮して元のままの姿が保存されている。

びっくりドンキー
びっくりドンキー

篠田倉庫(海越小樽店)

住 所:小樽市港町5番4号
建築年:大正14年
構 造:木骨煉瓦造2階建
小樽市指定歴史的建造物

篠田倉庫(海越小樽店)
篠田倉庫(海越小樽店)

大同倉庫(株)低温倉庫

これは現役の倉庫のようです。

運河の建物1
運河の建物1

17号線沿い

昔は17号線道路はなく、倉庫の近くまで運河であったようです。

小樽倉庫(小樽市総合博物館運河館など)

現在、北側を市博物館、南側を運河プラザとしてに活用されている。写真は南側の運河プラザ。
住 所:小樽市色内2丁目1番20号
建築年:明治23〜27年
構 造:(倉庫)木骨石造1階建、(事務所)木骨煉瓦造2階建。寄棟の瓦屋根に鯱をのせた和洋折衷のデザイン。
小樽市指定歴史的建造物

小樽倉庫
小樽倉庫

出抜小路沿い

出抜小路は色内大通りより一本海側にある細い通りである。昔の運河が現在より広く、17号線の辺りまで幅があったので、運河に面した表側から荷物を入れ、出抜小路を使って荷物を運び出していた。このため、出抜小路沿いにも倉庫は残っている。

島谷倉庫(北のアイスクリーム屋さん)

裏通りに倉庫を利用したしゃれた店です。
所在地:小樽市色内1丁目2番17号
建築年:明治25年
構 造:木骨石造1階建
小樽市指定歴史的建造物

旧島谷倉庫
旧島谷倉庫

高橋倉庫

大豆を収める倉庫として建てられた。前面は運河に面し、背面は出抜小路に接している。建物の入り口は17号線沿いにある。
住 所:小樽市色内1丁目2番17号
建築年:大正12年
構 造:木骨石造2階建
小樽市指定歴史的建造物

高橋倉庫
高橋倉庫
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北海道の旅

小樽の近代建築(銀行)

戦前に栄えた小樽には明治時代から昭和初期かけて建てられた近代建築が多く残っている。特に商業的に栄えたため、日銀を始めとして銀行建築が多く残っている。現在もよく保存されており、明治ロマンを感じさせる都市である。

小樽の銀行について

明治になり北海道の道都が札幌に定められたの伴い、海の玄関口である小樽に石炭の積出し港、ニシン漁の拠点、そして国際貿易港として、人や物が集まるようになった。これに伴い多くの銀行が進出し、支店を構えた。これに伴い日銀も支店を設置した。
しかし、戦後、小樽が栄えた経済的な条件が失われると銀行業務も少なくなり、徐々に撤退していき、現在都市銀行の支店は何も残っていない。銀行の建物は他の用途に活用され、レトロな町の雰囲気を醸し出している。

日銀通り(浅草通り)沿い

日銀通りと色内大通りに多くの支店が集中している。

日本銀行小樽支店(現金融資料館)

日本銀行小樽支店
日本銀行小樽支店

住 所:北海道小樽市色内1-11-16
建築年:明治45年
設 計:辰野金吾、長野宇平治、岡田信一郎
小樽市指定文化財

北海道銀行本店(小樽バイン/北海道中央バス(株)本社ビル)

旧北海道銀行本店
旧北海道銀行本店

住 所:小樽市色内1丁目8番6号
建築年:明治45年
設 計:長野宇平治
施 工:加藤忠五郎
構 造:石造2階建。重厚な銀行建築。玄関や窓まわりの石組みデザインに特徴。
小樽市指定歴史的建造物

旧三菱銀行小樽支店(小樽運河ターミナル/北海道中央バス(株)第2ビル)

旧三菱銀行小樽支店
旧三菱銀行小樽支店

住 所:小樽市色内1丁目1番12号
建築年:大正11年
構 造:鉄筋コンクリート造4階建。建築当初は外壁に煉瓦色のタイルが貼られていたが、昭和12年に現在の姿に変更。1階正面にはギリシャ・ローマ建築様式を表すように6本の半円柱。
小樽市指定歴史的建造物

旧北海道拓殖銀行小樽支店(ホテルヴィブラントオタル)

旧北海道拓殖銀行小樽支店
旧北海道拓殖銀行小樽支店

住 所:小樽市色内1丁目3番1号
建築年:大正12年
設 計:矢橋賢吉、小林正紹、山本万太郎
構 造:鉄筋コンクリート造4階建。丸みを帯びたデザインが特徴。
小樽市指定歴史的建造物

旧第一銀行小樽支店(トップジェント・ファッション・コア(株))

旧第一銀行小樽支店
旧第一銀行小樽支店

住 所:小樽市色内1丁目10番21号
建築年:大正13年
構 造:鉄筋コンクリート造4階建。
小樽市指定歴史的建造物

堺町界隈

第百十三国立銀行小樽支店(現オルゴール堂海鳴楼)

旧第百十三国立銀行小樽支店
旧第百十三国立銀行小樽支店

住 所:小樽市堺町1番19号
建築年:明治26年
構 造:木骨石造1階建。寄棟の瓦屋根に「トンガリ」飾りを付けた和洋折衷の構成。
小樽市指定歴史的建造物

百十三銀行小樽支店(現小樽浪漫館)

旧百十三銀行小樽支店(小樽浪漫館)
旧百十三銀行小樽支店(小樽浪漫館)

所在地:小樽市堺町1番25号
建築年:明治41年
設 計:池田増治郎
構 造:木骨石造2階建。寄棟、瓦屋根で、角地に玄関を設け、上部にギリシャ建築を思わせる飾り。
外壁は当初石張りとなっていたが、その後、煉瓦タイルに。
小樽市指定歴史的建造物

色内大通り

三井銀行小樽支店

三井銀行小樽支店
三井銀行小樽支店

住 所:北海道小樽市色内1-3-10
建設年:昭和2年
設 計:曾禰中條建築事務所
構 造:鉄筋鉄骨コンクリート造り。正面に5連のアーチとファサード。
小樽市指定歴史的建造物

第四十七銀行小樽支店((株)渋谷建設)

旧第四十七銀行小樽支店((株)渋谷建設)
旧第四十七銀行小樽支店((株)渋谷建設)

住 所:小樽市色内1丁目6番25号
建築年:昭和初期
構 造:木造2階建。壁面をタイル張り。正面に4本の大オーダー(円柱)。
小樽市指定歴史的建造物

安田銀行小樽支店(花ごころ)

旧安田銀行小樽支店(花ごころ)
旧安田銀行小樽支店(花ごころ)

住 所:小樽市色内2丁目11番1号
建築年:昭和5年
構 造:鉄筋コンクリート造2階建。ギリシャの建築様式をもった昭和初期の典型的な銀行建築。重量感あふれる円柱が特徴。
小樽市指定歴史的建造物