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北東北の旅

青森のみちのく北方漁船博物館の展示品(現在は閉館)

青森で一番興味があった施設である。残念ながら現在は閉館されてしまったが、展示されていた多くの船の写真を撮っていたので紹介する。

北欧のヴァイキング船

入口の広場に北欧のヴァイキング船が展示してある。帆船模型の対象ともなっている。

ヴァイキング船
ヴァイキング船

木製ヨットの月光?世

木製ヨットの月光

木製ヨットの月光

マルキブネ

一本の木から切り出している。

マルキブネ

マルキブネ

イカ釣り漁船

イカを誘き寄せるランプがぶら下っているのが特徴

イカ釣り漁船

イカ釣り漁船

イタリアのゴンドラ

観光用だけのことはあり、美しいく仕上げられている。

イタリアのゴンドラ

イタリアのゴンドラ

北前船の復元船「みちのく丸」

博物館の横の港には、北前船の復元船とジャンク船が係留してあった。北前船の復元船「みちのく丸」はNHKの大河ドラマ篤姫のロケにも使用されたとのこと。多分、篤姫が船で薩摩から江戸に向かうときの場面であろう。

北前船の復元船

北前船の復元船

また、館内には「みちのく丸」の1/4の模型も展示してあった。

北前船の模型
北前船の模型

東南アジアのジャンク船

東南アジアのジャンク船

東南アジアのジャンク船
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北東北の旅

青森森林博物館や棟方志功記念館など見学(青森)

桜前線を追いかけて来た北東北の旅も最終日となった。青森では「青森のみちのく北方漁船博物館」、青森森林博物館、棟方志功記念館を見学した。青森県観光物産館アスパムで食べた焼きホタテも美味しかった。

青森森林博物館(国の登録文化財)

青森市の観光は弘前市に較べると市の規模が大きく、少ない観光物が分散しているので、観光客にとっては効率的に見学するには不便な都市である。北方漁船博物館の行くと途中に青森市の代表的な歴史的な洋風建築の森林博物館がある。

青森森林博物館は旧林野庁青森営林局の庁舎として明治41年に建てられたもので、青森県産ヒバ材を主に利用したルネサンス式のとても美しい木造建物である。この建物は大変気に入った。国の登録文化財にも指定されている。

森林会館
森林会館

しかし、展示物は森と仲間たち、木と暮し、森を育てるなど一般受けしない内容であるため、観光客は少ない。訪れたときも私一人で見学客は誰もいなかった。観光場所はもう少しまとめる必要があるのでないだろうか。

青森のみちのく北方漁船博物館

青森市で一番期待しているのは「青森のみちのく北方漁船博物館」でいろいろな種類の船を見ることである。みちのく北方漁船博物館は青森駅のあまり発展していない西側、歩いて15分ほどのところにある。森林博物館を見学したあと訪れた。現在は閉館されている。
開館されていた時、幾つか写真を撮った。以下のページで
青森のみちのく北方漁船博物館の展示品

博物館には高さ30メートルの展望台があり、雪をかぶった八甲田山の山並みや青森市内が手に取るように見えた。

 新鮮市場で昼飯

旅行で漁港近くの町で上手い魚を食べるのも旅行の醍醐味である。今回でこの目的にかなうのが秋田市とこの青森市である。青森市は海に面し、魚が豊富である。特にホタテが有名なようであり、ホタテの広告をよく目にする。この青森駅に近くにも市場がある。

青森市場
青森市場

青森のみちのく北方漁船博物館を見学したあと、昼飯のため、駅から徒歩5分ほどのところにあるアウガの地下の新鮮市場に行った。市のど真ん中のビルの地下ではあるが、雰囲気は港近くのまさしく市場である。80以上の店が軒を連ねている。食事のできる店も数軒ある。魚の鮮度は良いように思うが、値段は決して安くない。1000円以下で食べられるものは少ない。ホタテ、イクラ、ウニなどの海産物が多いようだ。

新鮮市場は午後6時30分まで営業しているとのことだったので、6時過ぎ土産物を買おうと思い再度立ち寄ったが、少しの店を除き多くの店が既に店じまいしていた。買うのなら早めに行く必要がある。但し、生ものは多いが、お土産品が安いかは疑問である。多少、観光地値段になっている可能性もある。

青森県観光物産館アスパムの焼きホタテ

飛行機が最終便しか取れなかったので、時間を潰すのに困った。取り合えず、駅から徒歩10分程度のところにある青森県観光物産館アスパムに行った。この入口のところで、イベントであろうか殻の付いた焼きホタテを二つ100円で販売していた。安いので食べたがとても美味かった。ここでは津軽三味線の無料演奏会や太宰治のビデオなど時間を潰すには最適のところである。

棟方志功記念館

少し休んだので、青森が生んだ天才芸術家の棟方志功記念館を見に行くことにした。アスパムでバスの時刻表をもらった。記念館は駅から循環バスで15分ほど、バス停から歩いて5分ほどのところにある。但し、バスの便が30分に1本程度しかないので、事前によく計画しておかないと時間の無駄になる。
展示スペースは広い部屋と小さな部屋の二室であまり広くはない。年4回展示替えを行い、順次作品を紹介しているとのことであったが、行った時は釈迦十大弟子が展示してあった。この作品は他のところで見た記憶がある。版画だから幾つか存在しているのかもしれない。ここは有名なのか数人の人が見学に来ていた。

帰る時、アスパムでもらった時刻表に従ってバス停に行ったが、目的のバスがなかった。やはり、現地で時間を確認することが必要のようだ。丁度よいタイミングのバスがなかったので、仕方がなく、駅まで歩くことにした。なお、国道4号のメイン道路まで行けば他の方面からの便が多くあり、あまり待つことなく利用することはできるが、私の場合は市内の観光も兼ねて青森市のメイン道路を30分ほど歩いてアスパムに戻った。

青森空港から空路帰宅

青65才以上になるとJRや航空運賃などで数々の特典があるが、それも平日に限ったもので、連休の休みになると制限が加わる。森空港は駅前のバスターミナルから市内の主要停留所に止まりながら45分程度のところにある。直行すれば30分程度で着くだろう。市内から近いところにある感じである。29日から連休という会社もあるので、さすがにこの日は最終便も満席状態であった。

地方空港は便は少ないが、離発着に時間が掛からないで、所要時間は少ない。青森空港の場合も離陸するとそのまま緩やかに高度を上げながら東京方面に飛んでいるので無駄がない。50分程度飛ぶと下に明かりが見える首都圏の上空であった。

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弘前の武家屋敷の町並み

弘前城の北側にある仲町一帯には重要伝統的建造物群保存地区に指定されている武家屋敷の町並みが残っている。昔の屋敷が現状のまま残っているのは数軒であるが、一般住宅も昔の雰囲気を壊さないようにサワラの生垣や板塀で統一されている。

重要伝統的建造物群保存地区

弘前城の北側、城から一つ奥の通りが武家屋敷の町並みが広がる仲町である。藩政時代の初期の頃は北門が表玄関であったから、直ぐに登城る場所に作られたのであろう。城からも近く手軽に散策できる場所である。旧岩田家住宅付近の地図。

石場家住宅

弘前城の北門を出たところに江戸時代中期の豪商の商屋で重要文化財になっている石場家住宅がある。この通りの一つ奥の通りが仲町の武家屋敷である。

石場家住宅
石場家住宅

保存地区の景観

重要伝統的建造物群保存地区に指定されている仲町で、現在も、昔の武家屋敷そのものが残っているものは少ない。ただ、景観を保つため、一般住宅も雰囲気を壊さないようにサワラの生垣や板塀で統一されており、なかなか良い。但し、あまり古さは感じない。

 昔のまま残る旧岩田家住宅

町並みの東側の一番奥にある旧岩田家住宅だけは昔の武家屋敷として残っており、県重宝に指定されている。旧岩田家住宅は約150年前に建てられ中級武士の住宅で、内部を見学することもできる。江戸時代後期の武家の生活を知る貴重な建築遺構の一つとなっている。

旧岩田家住宅
旧岩田家住宅

旧伊東家住宅と旧梅田家住宅

保存地区の西側の端には旧伊東家住宅と旧梅田家住宅が移築保存されている。 旧伊東家住宅は藩医をつとめていた伊東家が200年ほど前に建てたもので、伝統的建造物の保存にあたり現在地へ移転復元されてたものである。県重宝に指定されている。

l旧伊東家住宅
l旧伊東家住宅

旧伊東家住宅の隣には150年ほど前に建てられた武家屋敷の旧梅田家住宅がある。これも移築されたものであろう。

旧梅田家住宅
旧梅田家住宅
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弘前市の観光施設と岩木山のビューポイント

弘前には桜と西洋風建築以外にも見るべきものが多い。その中で観光したものを紹介する。弘前公園の大手門の近辺には観光施設が集まっており、一度にいろいろ観光できるので便利である。

弘前市立観光会館

弘前市と津軽地方の観光拠点で、各種情報や民芸品の展示・販売が行なわれている。

山車展示館

八幡宮祭礼の山車
八幡宮祭礼の山車

八幡宮祭礼のときに使用される山車が展示されている。入場は無料で気軽に観光できる。

ねぶたとともに出陣する大太鼓も展示されている。その巨大さにびっくり。

八幡宮祭礼の大太鼓
八幡宮祭礼の大太鼓

弘前市立郷土文学館

明治以降各分野で活躍した津軽出身の著名作家9名と石川洋次郎の関係資料が展示されている。

陸羯南:国民主義の政治評論家。日本新聞の社長で正岡子規を育てたことでも知られている。
佐藤紅緑:少年小説の第一人者
葛西善蔵:私小説、代表作として「哀しき父」、「子をつれて」、「仲間」
平田小六:農民小説が有名
今官一:代表作「壁の花」で第三十五回直木賞を受賞
福士幸次郎:、口語自由詩の先駆者
太宰治:代表作「走れメロス」、「津軽」、「お伽草紙」、「斜陽」、「人間失格」
一戸謙三:代表作に津軽方言詩集「ねぷた」
高木恭造:津軽弁の詩集が有名。代表作「まるめろ」

岩木山のビューポイント

弘前から見る岩木山は素晴らしいが、その中でも特に素晴らしいビューポイントがあるとのこと。資料など得た情報をもとに訪れてみた。

津軽藩ねぶた村前の堀から

堀の両側の桜と堀の向こうに見える岩木山の対比が素晴らしいとのこと。当日は天気が悪く見えなかった。

桜と岩木山ビューポイント
桜と岩木山ビューポイント

弘前城本丸から

桜や松の木の上に見えるようだ。天気が悪いのと行列が出来ているので入らなかった。

城西大橋から

弘前公園の近くの城西大橋一帯は少し高台になっており、この橋から岩木山の全景を見ることができる。頂上の雲が取れなくて残念。

岩木山ビューポイント
岩木山ビューポイント

五重塔が素晴らしい最勝院

西洋風建築ばかりでなく弘前にはお寺もあるが、今回は重要文化財になっている最勝院の五重塔を見に行った。その姿は素晴らしい。

最勝院の五重塔
最勝院の五重塔
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豪華な弘前公園の桜(改築前の写真)

弘前公園には日本一とも云えるほどの規模の桜の木が植えられている。弘前城の天守、櫓、門、濠、橋などお城の遺跡と対比した桜は素晴らしいの一言である。

弘前公園は弘前城の跡を公園にしたもので、現在も天守閣や櫓、門、濠、橋などが随所に残っている。公園の面積は東京ドームの10倍強。この広大な公園の随所に京都や吉野などから移植、育てられてきた50品種、2600本の桜の木が植えられている。どれも見事な桜の木で、見ごたえがある。

 交通の便

弘前駅から公園まで頻繁に直通バスが運行されているが、津軽フリーパスで無料で乗れるのは100円の循環バスなど路線が限定されており、多少は不便である。循環バスの乗り市役所前で降りた。ここは公園の追手門の近くで観光の中心地である。

外濠の桜

弘前公園の周りは外濠で囲まれているが、それに沿って立派な桜並木が続く。角館は枝垂れ桜が主で華麗な桜が覆いが、弘前公園の桜は巨木で豪快である。弘前に着いた日は雪で、桜が咲く中を雪が舞うという珍しい風景を見ることができた。

弘前城壕の桜
弘前城壕の桜

濠の両岸には見事な桜が植えられている。

弘前城濠の両側の桜
弘前城濠の両側の桜

次の日は曇りで桜見物も多少はよくなった。

津軽藩ねぶた村付近

公園内にも幾つかの写真の撮影ポイントがある、津軽藩ねぶた村の前の濠のところが、一つのポイントとなっており、天気が良ければ岩木山が濠に映って見えるとのこと。当日は曇り空で岩木山はあいにく雲の中、残念であった。

津軽藩ねぶた村の前の濠
津軽藩ねぶた村の前の濠

弘前城北門と桜

弘前城は江戸時代の初期に築城されてから260年間津軽藩の居城として藩政の中心となっていた。弘前城には文化財の門が5つ残っている。写真は亀甲橋と文化財の北門。建設さてた当初はこの北門が表門であった。武家屋敷の町並みはこの場所から直ぐである。桜の写真もアクセントがあると絵になる。

弘前城の北門と桜
弘前城の北門と桜

弘前城の櫓と桜

公園内にも立派な桜の木が多い。文化財の櫓をバックに撮った。弘前公園にはこのような文化財の櫓が三つ残っている。

弘前城の櫓と桜
弘前城の櫓と桜

修復以前の弘前城天守閣と桜

この風景は今後永遠に見ることが出来なくなつた。石垣が壊れる危険があるとのことで、天守閣が移動されることになつた。石垣と天守閣と周りには撮影ポイントが多くあつたが、残念。

もとは別に華麗な5層の天守閣があったが、落雷で焼失してしまった。再建しようとしたが当時の法律で天守閣の新築が禁止されていたので、やむなく隅櫓を改築して今の3層の天守閣にした。それでも、江戸時代に再建された天守閣としては東北唯一のものとのこと。

弘前城天守閣と石垣
弘前城天守閣と石垣
弘前城天守閣と桜
弘前城天守閣と桜

天守閣のある本丸は有料になっている。本丸には枝垂れ桜が多い。

弘前城の本丸公園の桜
弘前城の本丸公園の桜

堀と橋と桜

公園内に幾つかの橋があるが、濠にかかるこの橋が絵になるのである。

内堀に架かる橋と桜
内堀に架かる橋と桜

帰る頃になってようやく晴れてきた。

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弘前の素晴らしい近代建築(洋風建築)

弘前は明治時代にいち早く西洋文化を積極的に取り入れたため、多くの宣教師が来日して西洋建築を建てたとのこと。また、戦災を免れたことにより弘前には現在でも素晴らしい洋風建築や近代建築が多く残っている。

弘前公園の追手門近くの洋風建築

旧弘前市立図書館

弘前の洋風建築は津軽藩のお抱え大工の長男として生まれた棟梁 堀江佐吉が建てたものが多い。堀江は函館で洋風建築の基礎を学び、この弘前に数多く洋風建築を残している。旧弘前市立図書館は明治39年に斎藤主と堀江佐吉らが東奥義塾高校の敷地内に建てたもので、八角形の双塔を持つルネッサンス様式の建物は弘前で見た中では一番気に入った。県重宝に指定されている。
主要な建物はこの地図の範囲内にある。

旧弘前市立図書館
旧弘前市立図書館

旧東奥義塾外人教師館

旧弘前市立図書館の直ぐ横にある旧東奥義塾外人教師館も堀江佐吉の仕事である。東奥義塾は明治5年に青森県に最初に開校した私学校で、この建物は招聘した外国人宣教師のために明治34年に建てられた住宅。設計は米国のメソジスト伝道本部であるが、施工は堀江佐吉が行なっている。これも県重宝に指定されている。

旧東奥義塾外人教師館
旧東奥義塾外人教師館

青森銀行記念館

追手門から少し歩いたところに青森銀行記念館がある。この建物は明治37年に棟梁 堀江佐吉が第五十九銀行本店本館として建てたもので、重要文化財に指定されている。現在は銀行関係の資料が展示されている。

青森銀行記念館
青森銀行記念館

弘前市は文化財には指定されていないが、弘前の歴史と文化の風情を醸し出している建物を「趣のある建物」として指定している。追手門の近くには旧藤田家別邸と旧第八師団長官舎がある。
 

旧藤田家別邸洋館

旧藤田家別邸洋館は日本商工会議所の創設者である弘前市出身の藤田謙一氏の別邸として大正10年に建てられた。設計は堀江佐吉の六男の堀江金造、施工は長男の堀江彦三郎である。

藤田謙一氏の別邸
藤田謙一氏の別邸

旧第八師団長官舎

旧第八師団長官舎は堀江佐吉の長男、堀江彦三郎が設計したもので、大正6年に建てられている。

旧第八師団長官舎
旧第八師団長官舎

弘前公園の追手門近く以外の洋風建築

カトリック弘前教会

堀江佐吉の弟の堀江常吉が明治43年に建てた尖塔を持つロマネスク様式の木造建築。趣のある建物に指定されている。

カトリック弘前教会
カトリック弘前教会

石場旅館

明治12年に建てられた旅館で、白と黒のコントラストが美しい。これも「趣のある建物」に指定されている。

石場旅館
石場旅館

日本キリスト教団弘前教会

ノートルダム寺院にも似た双塔を持つゴシック様式の礼拝堂は明治40年に堀江佐吉の子、斉藤伊三郎によって建てられたもので、明治の第一級の建築として評価され、県重宝に指定されている。

日本キリスト教団弘前教会
日本キリスト教団弘前教会

日本聖公会弘前昇天教会

大正10年にJ.Mガーディナーが設計したゴシック様式のレンガ造りの美しい教会である。レンガ造り建築としても貴重であり、県重宝に指定されている。

日本聖公会弘前昇天教会
日本聖公会弘前昇天教会

百石町展示館

明治16年に宮本甚兵衛が呉服店の店舗として建てた土蔵造りの建物。その後、青森銀行の支店として使用され、平成16年からは百石町展示館として公開されている。市指定文化財となっている。

土蔵造りの旧呉服店の建物
土蔵造りの旧呉服店の建物

吉井酒造レンガ倉庫

大正14年頃建てられたレンガ造二階建の倉庫。かつては東北最大の酒造所。

吉井酒造レンガ倉庫
吉井酒造レンガ倉庫
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五能線の旅 北東北の旅

五能線リゾートしらかみ号と車窓

以前から五能線を旅したいと思っていたので、秋田から青森県の五所川原までは海岸線を通る五能線を利用することにした。ローカル線をのんびり旅するには普通列車が一番であるが、時刻表を調べてみて、愕然とした。普通列車では本数が少なく時間がかかってあまりにも不効率なのである。そこで、「リゾートしらかみ号」を利用することにした。「リゾートしらかみ号」は2本走っており、早い「リゾートしらかみ号」に乗り、途中下車して、後の「リゾートしらかみ号」に乗ると、五能線のどっかの駅で観光することできる。どうもこの方法は五能線観光の定番となっているようだ。

そこで、秋田から「リゾートしらかみ1号」で十二湖まで乗り、十二湖を観光したあと、「リゾートしらかみ3号」の乗って五所川原に行くことにした。なお、観光シーズンになると「リゾートしたかみ号」は人気があり、予約できないこともあるので、注意する必要がある。今回の旅行、事前にネットですべて予約して行ったが、しらかみ号は予約が多くかなり厳しい状況であった。

丁度、低気圧が追いかけてきており、秋田で少し雨が降りだしてきたが、低気圧の移動よりしらかみ号の方が早いのか、なんとか曇り空のまま観光することができた。

リゾートしらかみ1号

秋田駅のリゾートしらかみ1号

しらかみ1号
しらかみ1号

「リゾートしらかみ1号」は秋田を発車したあと、しばらくは奥羽本線を進み、東能代に着くが、東能代は五能線の起点である。ここで、一度弘前方面に乗り入れた電車はスィツチバックして前後が反対になる。座席も向きを変える。このため、今までは左側の座席が右側になる。五能線はやはり海側の席が良いので、この影響は大きい。

東能代駅のホーム
五能線の基点、東能代駅のホーム

能代でバスケット

次の駅は能代。能代の名前は県立能代高校がバスケットボールで、58回の全国優勝を達成していることから全国的によく知られている。最近は少し調子が悪そうあるが、それでも駅構内にバスケットのゴールが作られ、停車時間の間に乗客にシュートさせてくれる。フリースローラインより少し手前からのシュートであるが、それでも感覚が鈍っているのでなかなか入らない。ゴールすれば記念品がもらえる。多くの乗客が降りて挑戦していた。

能代駅のホーム
バスケットのボードがる能代駅

海岸風景

能代からは白神山系などの山が迫っているため、五能線は海岸線の近くをよく走る。場所によっては海に突き出した岩がよく見える場所もある。

五能線の海岸風景
五能線の海岸風景

リゾートしらかみ号のサービス

リゾートしらかみ号は観光バスのようにサービス満点である。前の車両に展望デッキが設けられているし、見所の海岸ではスピードを落として見やすいように配慮してくれる。また、特定区間のトンネルでは照明を夜空を表したもに変更して旅のムードを盛り上げてくれる。

しらかみ号の照明
しらかみ号の照明

リゾートしらかみ3号

十二湖駅で下車して、十二湖付近を散策した。(関連項目参照)

十二湖駅からは「リゾートしらかみ3号」に乗る。

しらかみ3号
しらかみ3号

白神山系の山並み

しばらくすると電車は左にカーブする。左後方に白神山系の山並みよく見えるようになる。

白神山系の山並み
白神山系の山並み

海の奇岩

千畳敷の近くでは奇岩が多いように思った。

五能線の海岸風景
五能線の海岸風景

千畳敷駅では10分間の停車時間があるので、列車から降りて観光した。(関連項目を参照)

津軽三味線の生演奏

鯵ガ沢駅に着くと三味線を持った人が乗り込んで来て、先頭車両の展望ラウンジで津軽三味線の生演奏を聞かせてくれた。途中に前の方の席の人には掛け声を求められ、和やかな雰囲気になる。

しなかみ号の生演奏
しなかみ号の生演奏

岩木山の風景

鯵ガ沢を出ると海岸線から離れる。しばらくすると右側にまだ雪をかぶった岩木山が見えてくる。岩木山は津軽富士と言われるよう独立峰であるため、裾野までよく見え美しい。

車窓からの岩木山
車窓からの岩木山

津軽三味線の実演は五所川原までで、演奏した人も一緒に降りた。横浜から購入したJR切符も五所川原までで、あとは津軽フリーパスで旅行する。

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北東北の旅

久保田藩の城下町ー秋田市

秋田市は久保田藩20万石の城下町として栄えた都市である。市内の中心部にある千秋公園には昔久保田城があったが、火事で消失し、現在は桜の名所となっている。秋田市は秋田県の県庁所在地であり観光施設も多い。

久保田城

秋田の地には奈良時代から平安時代にかけて城柵(出羽柵)が建設されていた。その後、城柵は秋田城と言われるようになった。この秋田城の跡は近くの高清水公園に残っている。この地を支配していた佐竹氏は当初、秋田城を拠点としていたが、手狭になり、1604年に久保田藩初代藩主の佐竹義宣が現在の千秋公園の地に窪田城を建設した。後に久保田城と改名している。戦国時代の佐竹氏は周辺大名と姻戚関係を結び、伊達氏や北条氏と拮抗する勢力を持っていた。藩は明治時代まで残った。城は明治13年の大火で建造物はほぼ焼失してしまった。その後、平成元年に市制100周年を記念して御隅櫓が復元。平成13年に絵図や資料を基に久保田城表門が再建されている。

木造2階建て瓦葺きの櫓門はこの素晴らしく、千秋公園の中では一番絵になる 。

久保田城の櫓門
久保田城の櫓門

復元された御隅櫓。内部は資料館となっている。

千秋公園の桜

秋田市の第一の観光地は千秋公園のようだ。千秋公園は旧久保田城一帯を公園として整備されたものでである。山城であったのか、公園全体が岡になっいる。公園に残る城跡の遺構と桜の対比がよいのか千秋公園は桜100選 にも選ばれている桜の名所である。残念ながら訪れた時は桜はすでに満開を過ぎ散り始めていた。それでも、多くの人が訪れていた。

千秋公園の内堀の桜。堀とのコントラストで比較的絵になる。

千秋公園の内堀の桜
千秋公園の内堀の桜

本丸辺りの桜。

久保田城本丸辺りの桜
久保田城本丸辺りの桜

高いところからは雪を頂いた山が見える。

千秋公園の高台
千秋公園の高台

旧金子家住宅

江戸後期の建築様式を残した旧金子家住宅。秋田市の代表的な町家であり、秋田市指定文化財となっている。

旧金子家住宅
旧金子家住宅

秋田市民俗芸能伝承館(ねぶり流し館)

秋田市民俗芸能伝承館では竿燈、土崎港まつり、梵天などの秋田の民俗行事や伝統芸能が紹介されている。竿燈が飾ってあった。これを一人で持って演技するのは大変である。

秋田市民俗芸能伝承館の竿燈
秋田市民俗芸能伝承館の竿燈

秋田市立赤れんが郷土館(旧秋田銀行本店)

秋田にある観光資料に載っている唯一の近代建築の建物で重要文化財に指定されている。外部を当時の秋田県技師山口直昭、内部を工学博士星野男三郎が設計し、明治45年7月に完成している。煉瓦造の2階建て、外観はルネッサンス様式を基調とし、基壇は灰色の男鹿石の切り積み、1階が磁器白タイル、2階が赤煉瓦で仕上げている。明治時代末期の本格的な煉瓦造洋風建築として貴重。現在は「秋田市立赤れんが郷土館」として秋田市の伝統工芸品が常設展示されている。

旧秋田銀行本店
旧秋田銀行本店

秋田は海が近いので魚が美味い。名物はやはり「切りたんぽ鍋」であろうか。

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八津のカタクリ群生の郷

角館の桜の観光シーズンに合わせるように、秋田内陸縦貫鉄道沿線の八津駅の近くにあるカタクリ群生の郷が開園される。その規模は東京ドームの4倍強に及ぶ。カタクリ群生の郷では山には見頃のカタクリが群生していた。

秋田内陸縦貫鉄道

秋田内陸縦貫鉄道(秋田内陸線)は秋田県の南の角館駅から北の奥羽本線の鷹巣駅を結び、秋田マタギの里とされえる山奥に分け入る全長が94.2kmに及ぶ鉄道路線である。
八津は角館から秋田内陸縦貫鉄道で14分と近く、山奥に入る手前にある駅である。しかし、電車の本数が少なく事前の計画が重要である。

八津駅を出た内陸縦貫鉄道の電車。

秋田内陸鉄道の列車
秋田内陸鉄道の列車

カタクリ群生の郷

カタクリ群生の郷は八津駅を降りて、踏み切りを渡り、5分程度歩いたところにある。踏み切りと反対側方向に大きな駐車場とカタクリ館がある。
カタクリ群生の郷の規模は20ヘクタール(東京ドーム4.2個分)にも及ぶが、整備された独立した公園ではなく、地元の人達が共同して付近の山にカタクリを育てたというような場所である。入園料もカタクリ館で支払う必要はなく、踏み切りのところで地元の人が入園料を徴収していた。

カタクリの群生
カタクリの群生

管理されているのは半径1キローに及ぶ広大エリアであり、散策コースが「一番咲きコース」「遅咲き林間コース」など五つ作られている。各コースによって咲く時期が異なるようで、地元の人がその時期一番適当な場所に誘導していた。

誘導された場所では、少し山を登った斜面に見ごろのカタクリが群生していた。更に奥に散策するコースがあったが、この辺りが一番見ごろと聞いたので、その場所で、写真を撮り引き返した。時間があれば、周遊するコースはいろいろあるようである。

カタクリの花
カタクリの花

ベンチなどおにぎりを食べる適当な場所がなかったので、管理小屋の中で食べさせれもらった。

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角館の桜と武家屋敷の町並み

角館は重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている上・中級武士の武家屋敷の町並みが残った風情のある町である。町の各所で京都から持ち込まれたシダレザクラが立派に育成され、見事な花を咲かせている。また、近くの桧木内川には桜の木が2キロにわたって植えられており、豪快な桜のトンネルを作り出している。

角館駅から遠い武家屋敷

盛岡から角館までは秋田新幹線「こまち」で45分ほどである。「こまち」はすべて座席指定であるが、盛岡ー秋田間だけは立席特急券が発行される。行った時も通路には多くの人が立っていた。
重要伝統的建造物群保存地区の武家屋敷や桜並木のある場所は近いところでもJRの駅から600メートル程度、遠い所では1.8キロ程度離れており、単純に計算して往復するだけでも小1時間かかる。ただ、観光バスの場合は桧木内川の近くに大きな駐車場があり、観光スポットを手軽に見学できる。

角館駅で手荷物を駅のロッカーに預けたかったが既に一杯で仕方がなく担いで行くことにした。もっとも、ロッカーは近くの観光案内では空いていたようであり、カタクリ群生の郷に行ったときはここのロッカーを利用した。

重要伝統的建造物群保存地区の武家屋敷の町並み

観光地区ではあるが、比較的角館駅に近い情報センターのロッカーが空いていたので利用した。先ずは比較的観光客が少ない田町武家屋敷の辺りを見学した。この地区は昔の屋敷そのものが残っている家は少ないが、町の雰囲気を壊さないように板塀などで統一されている。桜の木は少ないが随所に、風情のある姿で植えられており、黒い板壁との対比が素晴らしい。

角館の町並み
角館の町並み

角館は秋田の久保田城を拠点とする佐竹一族と関連する藩である。佐竹一族は本家の他に有力な4家(東家、西家、南家、北家)があり、その一つの北家が角館を治めていた。

角館下新町
角館下新町

小京都の角館

1656年に佐竹氏の分家である佐竹北家の佐竹義隣が角館に入りったが、佐竹義隣は京の公家と関係が深く、二代目の佐竹義明も公家の娘を正室に迎えたことから角館には多くの京文化が移入された。以後11代明治時代まで佐竹家は続いた。枝垂桜も京都から持ち込まれた。

角館の桜
角館の桜

黒板塀の中の家の多くは一般の家や施設を囲んだものであるが、中には県や市の文化財に指定されている青柳家、石黒家、松本家など数軒の建物がある。家の中を有料で見学できる。

文化財の家
文化財の家

武家屋敷の桜

武家屋敷を構成する町は広く。主要な道路だけでも1キロ以上に及ぶ。観光地のメインである表町に近づくに従って観光客も増加してきた。武家屋敷地区の桜は殆どが枝垂桜である。どこか優美である。

表町武家屋敷。観光バスのターミナルも近く、この辺りは観光客で溢れている。桜は見事であるが、町の風情は感じられなくなる。駅からは一番遠く離れている場所となる。

角館の桜
角館の桜
角館表町
角館表町

桧木内川の桜

桧木内川堤には全長2kmに渡って400本のソメイヨシノが植えられ、武家屋敷の枝垂桜とは違った豪快な桜並木を作り出している。

桧木内川堤の桜
桧木内川堤の桜

この近くには観光バスの駐車場があり、多くの観光客がいた。

桧木内川堤の桜のトンネル
桧木内川堤の桜のトンネル