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九重連山の山並みが美しい:タデ原湿原

九州には特徴のある山が多い。タデ原湿原は九州の最高峰北岳が見える美しい場所である。ただ、訪れた時は山焼きの後で湿原に緑はなかった。

タデ原自然研究路

タデ原湿原は九重連山の北側の標高約千メートル付近に広がる火山地形の湿原である。山岳地域に形成された中間湿原としては国内最大級の面積を持つことなどから、国際的にも重要な湿地と認められ、ラムサール条約に登録されている。

タデ原湿原は木道が整備されており、長者原ビジターセンターから3つのコースが体力や時間によって選べるようになっている。

A)タデ原絶景コース  :所要時間 約20分
B)タデ原1週満喫コース:所要時間 約40分
C)草原・森コース   :所要時間 約60分

AとBは湿原の中だけを歩くコース。訪れた時は山焼きの後で、湿原は山焼きの後だったので まだ植物が育っていないのが残念であった 。5月になれば芽吹いてくるのであろう。

九重連山の星生山
九重連山の星生山

Cはこれに林の中が加わるコースである。林の中は少し高低差があるので、足への負担が多少大きくなる。林の中は大きな石が転がっていた。火山の影響であろうか。

タデ原湿原の林部分
タデ原湿原の林部分

水が湧き出しているところがあったが、温泉の様相を呈していた。

火山性の湧き水
火山性の湧き水

九重連山について

タデ原湿原は九重山脈が美しく見えるところである。周囲の山も綺麗である。

九重連山は九州の中央、大分県玖珠郡九重町から竹田市久住町の北部に位置する火山群である。 東西は13km、西側には久住山系の山々、東側には大船山系の山々が並んでいる。最高峰は九州の最高峰でもあり、日本百名山にも数えられている中岳である。

野焼き後のタデ原湿原
野焼き後のタデ原湿原

九重山は現在も活動しており、噴火警戒レベルは1ある。約20万年前から活動している比較的新しい火山群で、そのなかで約1600年前に噴火して形成された九重連山の東に位置する黒岳は最も新しい山です。周辺地域は地熱地帯になっています。

クラブツーリズムのツアー記録

タデ原湿原はクラブツーリズムのツアーで観光したものであり、記録のため、その内容を記載しておく。

別府のホテルを9時に出発する。高速道路を通り1時間半ほどでタデ原湿原に到着する。ここで1時間10分ほど散策の時間となる。多くの人は一番長いCコースを散策していた。

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本州と九州を結ぶ関門人道トンネル

本州と九州を歩いて渡れるトンネルである。トンネルであるため見る価値のあるものはないが、記念にはなる。

関門人道トンネルについて

関門海峡で本州と九州が最も近いあたりにトンネルはある。トンネルは上下に区切られており、上は車道、下は人道で歩いて渡れるようになっている。両岸の道路沿いに出入口となる建物が建てられている。エレベーターで下に10階程度(60メートル)ほど降りると本州と九州を結ぶトンネルがある。

歩行者用のトンネルの長さは780メートル。健康のためやイベントで歩いている人は結構多い。我々は歩くのを主体としたツアーであり、このトンネルを往復することになっている。

トンネルの中ほどには福岡県と山口県の県境の標識がある。中間地点が多少下がっているようで中間地点を過ぎると多少足に付加が加わる。

対岸の下関側に着くとまたエレベータがある。これで55メートル登ると地上にである。海際にみもすそ川公園が作られている。

多くの古戦場があるところ:
みもすそ川公園

山口県側の壇ノ浦には歴史上の事件が多く起こっている。

巌流島の決闘

武蔵と佐々木小次郎が対戦した巌流島は山口県側から400メールに浮かぶ関門海峡の小島である。現在は船島と言われている。

平家と源氏の壇ノ浦の戦い

平安時代に平家と源氏が最後に戦ったところである。みもすそ川公園にも源義経と平知盛の像が作られている。また、みもすそ川のレプリカの橋が作られているが、これは、みもすそ川というのは伊勢神宮の五十鈴川の別名でこの流れの先に天国があると信じられており、二位尼が安徳天皇を抱いて入水自殺を行うとき
みもすそ川の流れる先には天国があると諭した史実に基づくものである。

下関戦争の舞台

江戸時代の末期、長州藩が攘夷の決行として、関門海峡を航行中するアメリカ・フランス・オランダ艦船に砲撃した場所である。事件を起こした翌年には反撃され、砲台を徹底的に破壊されている。

クラブツーリズムのツアー記録

関門人道トンネルのウオーキングはクラブツーリズムのツアーとして行ったものである。このツアーの記録として残しておく。

門司レトロから15分程度バスに乗り関門人道トンネルのある場所に移動する。関門人道トンネルで1時間の自由行動となり、添乗員の案内のもとトンネルを往復する。

ウオーキング終了後は宿泊先に別府のホテルに向かう。ホテルまでは1時間ほどかかるので途中で短いトイレ休憩があった。

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近代建築が魅力の港町:門司港レトロ

門司港は海上交通の要所である関門海峡が見渡せる港である。狭い海峡に船舶が行き交い、遠くには現在建築の粋を集めた関門橋が見える。この門司に戦前のレトロな近代建築が集められ、テーマパーク的な港町になっている。それが門司港レトロである。

門司港レトロの歴史

門司は本州に最も近く、昔から九州の玄関口として重要な役割を果たしていた。明治になり国の特別輸出港に指定されると、外国航路の拠点および貿易港として役割も加わり、金融機関や商社・海運会社の支店が相次いで進出し、多くの近代建築が建設された。

しかし、戦後中国や韓国との貿易が減少し、関門鉄道トンネルや関門橋が開通すると、門司港駅を経由せず旅客や荷物の往来が可能になり、門司港は急速に寂れていった。

その様な状況で中、門司港駅が国の重要文化財に指定された。これに伴い、門司に残る歴史的建造物を活用し、観光地として再整備されることになり、現在に至っている。現在は韓国や中国人など外国人観光客も多く賑わっている。

門司レトロにある代表的な近代建築

門司港レトロにある代表的な建物について紹介する。門司にはこれ以外にも優れた近代建築は多いが、時間の都合で行けなかった。

門司港駅駅舎

門司港の陸の玄関に当たる門司港駅の駅舎は大正13年に建築されたネオ・ルネッサンス様式の木造2階建ての建物である。戦争により屋根がなくなっていたが、平成31年に修復工事が行われた。そして、駅舎としては全国で初めて国の重要文化財に指定された。

門司港駅は関門トンネルが開通するまでは九州の鉄道の玄関口として賑わった。
現在も鹿児島本線の始発駅ときて活用されている九州最古の現役駅舎である。内部も趣きがあり、平成19年に日本経済新聞社が行った「足を延ばして訪れて見たい駅」のアンケートで全国第1位に選ばれたことがある。

旧大阪商船門司支店

化粧レンガが使用された美しい建物は大正6年に建設された大阪商船の門司支店である。設計は河合幾次、施工は内海鶴松である。

建物は木造の二階建てあるが、一部にレンガ型枠のコンクリート造りで表面はオレンジ色のタイルが使用されている。国の登録有形文化財に登録され、近代化産業遺産に認定されている。門司港レトロで一番気に入ったた近代建築である。

建設当時は、北側は海に面し、専用桟橋から直接乗船可能であった。

旧門司三井倶楽部(~旧門鉄会館)

大正10年に三井物産門司支店の社交クラブとして建築された。設計は松田昌平。

この建物は門司港レトロの開発に合わせて移築されたものである。平成2年に重要文化財に、平成19年には、近代化産業遺産に認定されている。

アインシュタインが宿泊したこともあり2階には当時の状態で「アインシュタインメモリアルルーム」が、門司が出生地の林芙美子の資料室もある。1階にはレストラン「三井倶楽部」が入っているが、人気があり混んでいた。私達はここで食事することが出来なかった。

旧門司税関 

明治45年に焼失した門司税関の2代目の庁舎として建設された。設計は大蔵省臨時建築部(妻木頼黄/咲寿栄一)。施工は清水組である。戦争等で痛みがひどかったが、門司港レトロ事業の一環として修復された。近代化産業遺産に認定されている。

北九州市大連友好記念館

この建物も美しいが、北九州市と大連市の友好都市締結15周年を記念して整備された中国の大連にあった東清鉄道汽船会社事務所の複製建築物である。

クラブツーリズムのツアー記録

門司港レトロはクラブツーリズムのツアーで観光したものであり、記録のため、その内容を記載しておく。

北九州空港を出発して30分程度でJR小倉駅に到着する。ここで新幹線で移動の 関西方面からのツアー客と合流する。

小倉駅で新幹線のツアー客を乗せたあと門司レトロに向かう。11時頃門司レトロに到着。ここで昼食も含め1時間40分程度自由時間となった。