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朝一番に善光寺参拝

長野にある善光寺は日の出の時間から法要が行われる。坂東三十三観音霊場巡りの御礼で善光寺に参拝する必要があったので、時間の節約のため朝早く善光寺に参拝した。 

旅行した時期の日の出時間は6時半、6時にホテルを出る。朝早いが参拝する人は多い。

善光寺について

善光寺は無宗派の独立した仏教寺院で、山号は定額山。山内には天台宗系の「大勧進」と浄土宗系の「大本願」によって運営されている。創建は644年と仏教が伝来されてから間のない時代で奈良の大仏より古い。本尊は日本最古と言われている一光三尊阿弥陀如来である。絶対秘仏となっており、七年に一度の開帳であっても前立の本尊が公開されるだけである。

建造物

北国街道は善光寺本堂に向かって一直線に伸びている。街道に沿って、関連する建物が直列的に並んでいる。仁王門をくぐり両側に店屋が並ぶ参道を進むと、善光寺の境内に入る。前方に重要文化財に指定されている立派な山門がそそり建っている。三門を潜ると前方に本堂が見える。

お朝事

善光寺では毎日、日の出に合わせて法要が行われている。これを「お朝事」という。法要は天台宗と浄土宗の寺院のもとで30分づつ合計1時間行われている。

お朝事の開始時間は、日の出に合わせて分単位で変わるので、時間表が記入されたパンフレットが作成されている。

天台宗系の「大勧進」の住職は「貫主」と呼ばれ、天台宗の名刹から推挙された僧侶が務めている。浄土宗系の「大本願」は、大寺院としては珍しい尼寺である。

日の出時間の少し前になると多くの人が本堂に入って行く、特に制限はなく誰でも入れる。準備が整った頃、最初に天台宗の導師様が大勧進から来られ、法要が始まる。

少しすると朝日が本堂を照らし始める。清々しい朝の朝日は美しく、気持ちがよい。

我々は本堂を後にし、周囲を散策する。本堂からは読経が聞こえる。森の中では小鳥が囀えずっていた。

結願御礼の寺

日本百観音霊場(西国三十三所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所)の番外札所となっており、それぞれの札所巡りで結願した場合、その御礼として善光寺に参拝する習慣がある。

私の場合も坂東三十三観音霊場巡りで結願したので、その御礼として善光寺を参拝した。

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葛飾北斎の足跡を訪ねて秋の小布施を観光

北斎は晩年、豪農豪商の高井鴻山の招きで小布施を訪れ、幾つかの肉筆画の名画を残している。また、小布施は栗の名産地であり栗菓子を求めて多くの観光客が訪れていた。

岩松寺

岩松寺の本堂には葛飾北斎の最大の肉筆画「八方睨み鳳凰図」が描かれた天井があり、小布施における北斎観光の目玉となっている。我々もこの天井画を目的に訪れた。

岩松寺は小布施の中心から離れた、のどかな田園地帯の中の山を背にした静かなお寺である。駅から徒歩30分の距離にあり、行くときはタクシーを利用した。

北斎の井天画は現在も色彩豊かで観光する価値がある。

裏山には福島正則の霊廟がある。福島正則と言えば、秀吉の子飼の有力大名であり、何故この小布施に霊廟があるのか不思議であったが、江戸時代になり幕府といろいろと諍いがあり、信濃の地に減俸で転封されられている。

浄光寺薬師堂

岩松寺から「せせらぎ緑道」を歩いて浄光寺に向かう。山の裾のの道で、両側にはりんごを栽培している農家が多い。

浄光寺は室町時代初期に建設された薬師堂がある小さなお寺である。薬師堂は重要文化財に指定されており、観光の目玉となっている。薬師堂は山の上にあり、その石段が天然の岩を並べたもので、非常に歩き難かった。これも観光の思い出である。

浄光寺からは歩いて小布施の中心地に戻る。

高井鴻山記念館

小布施の中心にあるこの記念館は江戸時代の後期、小布施で葛飾北斎を支援した豪農豪商であった高井鴻山を記念した博物館で、当時の面影を残す鴻山の家屋や鴻山が残した書画などが展示されている。

記念館の周りは「栗の小径」もあり、昔の雰囲気をのこした小布施観光の中心地である。

北斎館

葛飾北斎の肉筆画40点を所有している美術館。

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CMS用ソフトJoomlaの第一印象

WordPressより大きなCMS( コンテンツ管理システム)を構築するソフトとしてJoomlaがある。どのようなソフトが興味があったので、レンタルサーバにインストーとしてみた。まだ十分使い込んだわけでないが第一印象を記載する。

複雑なソフト

WordPressと比較して、Joomlaは2~3倍機能が豊富であると感じる。システムをインストールしたが、林の中にほり込まれたようで、効果が推測できないパラメータが多くあり、使い方がよく分からない。サンプル的にインストールされていたデータがあったが、適当にいじっているとシステムがまともに動かなくなった。

自由人の世界は機能を知るため、テスト的にインストールしたJoomlaのサイトである。過去に作成した記事をインプットしているが、気まぐれで機能を確かめているので、全体として統一性がまだできていない。

固定記事のツリー構造が主体

多くのカテゴリを作り、その下に記事を書いていくのは、WordPress、Joomlaも同じであるが、WordPressが記事を時系列的に表示するブログに向いているのに対し、Joomlaは固定記事をツリー状に表示するのに向いている。Joomlaでもブログ向けの投稿はできる。

Joomlaは記事の内容によって別のテンプレートを使用して印象を変えることもできる。

複数の人間が共同して作成することが最初から考慮されている。これによって、一般客が投稿できたり、担当者によって権限を区別し、システムや記事の作成・変更する範囲をいろいろと設定することができる。このため、全体管理はシステム部門押さえ、枝葉の部分は部門毎に運用する範囲を決めて、自由に仕様や記事を自由に作らせることもできろうである。

多言語の扱いも考慮されている。

表示方法が複雑

カテゴリを作り、記事を書くところはWordPressと殆ど同じであるが、表示する方法がきめ細かく、複雑である。Wordpressは記事を書けば、自動的に表示してくれるが、Joomlaの場合はこれだけでは何も表示されない。別途、表示するために仕掛けが必要となる。WordPressと同じようにブログ的に表示するか、注目記事に指定して、それらが特定のテンプレートの画面で時系列的に表示されるように設定する必要がある。

WordPressではメニューが一つしか指定できないが、Joomlaは幾つものタイプの違うメニューを作成して、いろいろなところに表示することができる。

システムの立ち上げ難しい

WordPressは多くのテンプレートが用意されており、自分の好みに合ったサイトが素人でも簡単に立ち上げることができる。言わば、既製服が多数用意されており、自分の好みの服を簡単に着ることができるのと似ている。まあ、短時間でそれなりのサイトが構築できる。

Joomlaはそもそも無料のテンプレートを探すのが大変である。インストールするとき添付されている二つのテンプレートで先ずはサイトを構築することになる。無料テンプレートも丹念に探せば見つらないことはないが、次はそのテンプレートを自分の好みに変更するのがまた難しい。
Joomlaの場合は有料のテンプレートでサポートを受けながら自分の店にあったサイトを構築するのが一般的にようである。

Joomlaの操作は難しいが、変更の自由度は高い。いわば洋服に例えればオートクチュール品である。無料のテンプレートも自由度が高く木目細かいサイトを作ることができるが、機能を使いこなせない感じである。

凝ったサイトを作らないのであれば、WordPressで自分に合ったテンプレートを探し出し、安価に運用するのが良いであろう。

手の込んだサイトを立ち上げたいなら、有料のJoomlaテンプレートを導入して、専門家のサポートを受けながら作成することになる。この場合、それなりに手数料を支払わなけならない。

現在の感想では、Joomlaは商品紹介、組織紹介、問い合わせなど目的によって表示方法を変える企業向けとの印象である。個人が同じような内容を記事にするだけならWordPressの方が向いているだろう。

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Joomlaのインストール作業に苦戦

ホームページを作成するときWordPressより大規模なシステムに向いているとされるJoomlaをテストしたくなり、インストールを試みた。いろいろと苦戦したが、何とかインストールでき、現在はJoomlaの機能を確かめながら使用している。

簡易インストール機能が少ない

Joomlaの敷居を高くしているのはインストール作業が大変だからである。WordPressは大部分のレンタルサーバ会社で簡易インストール機能が用意されているので、システムの知識があまりなくても導入は簡単である。

これに対してJoomlaはまだ一般的でないため、簡易インストール機能が準備されているのは一握りのレンタル会社のみで、大部分の会社では、なにもかも使用者自身が行わなければならない。

作業自体はそれほど難しいものでないが、サーバ関連のシステムを理解していないと、作業の途中に誤解するところが多く、手間取ることになる。

以下に私の苦労したことなど体験を述べる。

作業の流れ

以下に大まかな作業手順を述べる。

Joomlaのシステムを自宅PCにダウンロード、解凍

Joomlaもオープンシステムであるので、無料で使用することができる。先ずは、Joomla!ダウンロードサイトからシステムをダウンロードする。

この作業は他のシステムをインストールする時によく行うので特に問題なくできた。ただ、どのシステム、バージョンをダウンロードするかは迷うところである。私は最新の日本語パックが付加されたシステムをダウンロードした。

レンタルサーバ内にドメインを用意

アクセスするドメイン名を決めなければならない。新規にドメインを購入するのなら手続きが必要である、サブドメインでもインストールは可能である。

設定したドメインやサブドメインのファイルがアクセスできるようにFTPアカウントのパスワードを設定する。このパスワードは転送用ソフトをドメインと接続するときに使用する。

データベース(MySQL)の設定

Joomlaシステムはインストール作業の途中で以下のような内容の入力を求めてくるので、予めMySQLのデータベースを作成し、それぞれの内容を決めておく必要がある。

  • データベース:おそらくMySQLiをご利用です。
  • ホスト名:通常はlocalhostですが、ホストで指定された名前を入力することもあります。(特に日本国内の一般的なレンタルサーバなど)
  • ユーザ名:あなたが作成したユーザ名あるいはホストで指定されたユーザ名です。
  • パスワード:データベースのパスワード
  • データベース名:データベースの名です。
  • テーブルプレフィックス:自動で作成されますが、変更することもできます。例えば、jos3_を使用できます。最後にアンダースコア (_) を入れることを忘れないでください。
  • 古いデータベースの処理:新しいテーブルをインストールするのに、インストーラーがバックアップをとるべきか削除すべきかです。どちらかをクリックして選択してください。

問題は使用する個人が利用しているレンタルサーバの管理画面でどの内容を指すのかである。特にホスト名、ユーザ名は何を指しているのかよく分からなかった。

私の利用しているレンタルサーバではMySQLを複数個利用できるので、新たにMySQLのデータベースを作成した。「データベース」の指定も
”おそらくMySQLiをご利用です。”とあるが MySQL の名前のついたものを選択した。「データベース名」のところも作成したデータベース名で間違いないと思われる。

「ホスト名」はいろいろ悩み試行錯誤したが、作成したMySQLのホスト名との項目があったので、その内容を指定した。

「ユーザ名」これもどこで指定したユーザ名かいろいろ解釈できるところであるが、MySQLのユーザ設定との項目があったので、 そこで新た名前とパスワードを設定した。また、権限設定で新たに作成したユーザ名がデータベースにアクセスできるようにした。

Joomlaシステムを自宅PCからサーバに転送

ファイル転送用ソフトを使用して、解凍したJoomlaシステムをサーバの用意したドメインのルート(一番上位の場所)のエリアに転送する。この作業が大変である。

先ず、転送ソフトを用意しなければならない。フリーソフトではFileZillaとFFFTPが一般的である。

先ずは転送ソフトとサーバを接続しなければならない。サーバのアドレスやFTPのパスワードなどが必要である。

以前から使用しているFFFTPを使用して転送したところJoomlaシステムのファイル数が6千以上ある膨大なものなので、途中で止まることしばしば、上書きを指定して再転送しても転送できないファイルがかなり出てきた。作業時間も1時間以上かかったようである。すべて転送できたか不明であったので、双方のファイルをチェックして、PC側のファイル容量が大きい場合にだけ、上書きする方式で再転送した。それでも途中でストップすることがあったので、最後は止まるたびにその内容をメモして個別に転送した。

サブドメインを作り、FileZillaでも転送してみた。
FileZilla は複数ファイルをまとめて転送しているようで、転送が20分程度で完了した。
FileZillaでも転送できないファイルはできるが、その場合は上書きするように指示した。

それでも転送できなかったファイルが発生したが、FileZilla のよいところは転送に失敗したファイルが簡単に表示できることである。最後はそのリストを見ながら1個づつ転送した。

ここで、もう一つの問題。ファイル転送で解凍されたJoomlaシステムの内容をを 「Joomla」というフォルダーにまとめ、一括して転送したが、こうしてインストールすると、インストールの指示も、システムが出来上がったときのアドレスもドメイン名の後ろにそのフォルダー名を付けたものになってしまう。

余分なものを付けないためにはファイル転送の時、ドメインのルートに解凍されたファイルの中身を個別に転送しなければならない。 また、「Joomla」などフォルダ名を付けて運用する場合でも、一括転送するとサーバ側でフォルダーの権限管理をしているようであり、動かなかった。このため、私はサーバーのFTP機能で「Joomla」名のフォルダーを作り、その中にJoomlaシステムを個別転送した。一括転送してから、サーバのFTP機能で権限を与えてよいのかもしれない。これは実験していないので不明。

インストール作業

さて、上記の作業が正確に行われていれば、ChromeなどのWebブラウザーで、ドメイン名を指定すれば、インストール作業が始まるのであるが、

ドメインの設定が悪いと、レンタル会社のサーバに繋がらない。私は最初にここでつまずいた。新規ドメインを購入すると反映するのに最長数日かかることがあるとのこと、待っていれば繋がるのか、指定の仕方が悪かったのかが分からなくなり、最終的にはレンタル会社に問い合わせた。ネームサーバの指定が間違っていたようである。

サーバにつながれば最初に表示されるのは「サイト名」や「ユーザ名」「パスワード」などその場で指定すればよい内容であり、特に問題はない。

次に、データベースに関する指定である。ここで、前もってサーバで設定しておいたデータベースの名前などを入力する。ここでもつまずきサーバ側のデータベースの項目をいろいろと試しながら最終的にようやく探り当てた形となった。

最後の問題はインストールする内容の指定とシステム構成の最終チェックである。すべて、「はい」になっている必要があるが、私の場合は MB language デフォルトの項目が「いいえ」となった。ネットで対処法を調べて、試してみたが、「はい」には変わらなかった。面倒になり、インストールの実行を指定してみたところ無事インストールしてくれた。どうもマルチバイトの扱いに関する項目のようであるが、現在テスト運用していて、日本語のファイル名など多少気になる部分はあるが、使える範囲なので妥協して使用している。

現在使用しているサイト名:自由人の世界

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横浜案内 歳時記(日常の活動)

横浜イングリッシュガーデンの花

横浜イングリッシュガーデンでバラが咲き誇っていたので、写真を撮ってきました。

場所は相鉄平沼駅近くの住宅展示場の中の一番奥にあります。横浜駅から送迎バスが出ています。

あまり広くはありませんが、花がぎっしり咲き誇り満足できる庭園でした。

バラの花がメインですが、その以外の花も咲かせてあり、別の季節でも楽しめそうです。

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九州ウオーキング

草千里ヶ浜の散策

当初の計画では阿蘇山の火口付近を散策する予定であったが、数日前に阿蘇が噴火したため、ツアーは草千里ヶ浜の散策に変更になった。

草千里ヶ浜の場所

草千里ヶ浜とは

阿蘇山の標高1140m にある草原である。NHKのブラタモリでも取り上げていたが、壊滅的な噴火によって烏帽子岳と杵島岳の間に直径約1キロメートルの二重火口跡ができたものである。現在は牛馬が放牧されのどかな風景となっている。

ツアーでは1時間ほど草原の少し高いところを選びながら半周した。途中に水が溜まっている場所もある。

どのような花が咲いているか、どのような動物が生活しているのかなど生態系の説明が多かった。

草千里水溜り
草千里水溜り

野焼きの必要性

草千里の端の方に行くと枯れ草が草原を覆っていた。この状態で3年程放置すると枯れ草がはびこり草原の顔が失われていくとのことで、定期的に山焼きされている。山焼きする範囲は地域ごとに分担されている。

草千里の枯れ草
草千里の枯れ草

阿蘇の噴火の様子

行った時は数日目に阿蘇山が再び噴火したとのことで、火口付近は入山禁止となっていた。草千里からは阿蘇山の火口からも近く、 噴煙を上げているのもよく見える。山頂の様子は時間によって刻々と変わっていた。

写真は少し拡大したもので、草千里が浜からはここまで近くには見えません。

阿蘇の噴火
阿蘇の噴火
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九州ウオーキング

阿蘇周辺の360度の景観:大観峰

大変見晴らしのよい場所である。阿蘇五岳、九重連山も見渡せる。但し、対象が遠方であるため、風景も大味である。

パノラマ写真外輪山の方向
パノラマ写真外輪山の方向

大観峰について

大観峰は阿蘇山の北の外輪山の中で最高地点( 標高936メートル )となるところにある。 名前は文豪の徳富蘇峰がつけたものである。

なだらかな山であるが、周囲に高い山はないので、遠くまで見渡せる。阿蘇五岳や遠くに九重連山も一望することができる。比較的近くには阿蘇のカルデラやそのカルデラの壁を見ることができる。

パノラマ写真阿蘇方面
パノラマ写真阿蘇方面

大観峰の場所

下に広がる人家は阿蘇市。遠くに阿蘇五岳。

阿蘇五山の方向
阿蘇五岳方向
九重連山の方向
九重連山の方向
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九州ウオーキング

耶馬溪の景観と手彫りの洞窟:青の洞門

江戸時代に手掘りで造られた洞門は歴史的価値が高く大分県の史跡に指定されている。 洞門の上には耶馬溪の競秀峰の岩壁がそそり立ち景観としても素晴らしい。

青の洞門について

青の洞門を見ているだけでは、単に岩に掘られた道でしかないが、観光にはそのいきさつを知ることが重要である。

江戸時代、競秀峰の高い岩壁がそそり立つこの区間の道は鎖を命綱にしただけの非常に危険なもので、毎年、多くの人が命を落としていた。

諸国を巡礼していた禅海和尚が耶馬渓へ立ち寄ったとき、この話を聞き心を痛めた。そこで、禅海は托鉢勧進によって資金を集め、雇った石工たちとともにノミと鎚だけで岸壁を掘り始め、30年の年月をかけて全長342メートル、うちトンネル部分の合計が約144メートルある洞門を貫通させた。

現在は拡張工事が施され、自動車が通れる道路になっており、当時の洞門とは大部分異なっている。

青の洞門の入口
青の洞門の入口

しかし、一部であるが、川側に降りると江戸時代の手彫り部分の洞門も残っており、当時の苦労を伺い知ることができる。その他にも川側の外から当時の箇所と思われる場所が幾つか見ることができる。

青の洞門手彫り区間
青の洞門手彫り区間

川沿いが難所であれば、山の上を通ればよいと思うが、確かに、この用に奇岩の岸壁では、上を通ることも難しそうである。

耶馬溪の奇岩
耶馬溪の奇岩

青の洞門のある場所

大分県中津市の耶馬渓、山国川に面し競秀峰の裾に位置する。JR日豊本線の中津駅からバスで約30分である。

菊池寛の「恩讐の彼方に」

実際の話はあまり面白くないが、菊池寛がこの手彫りの洞窟を素材として「恩讐の彼方に」という短編小説を創作している。

これは仇討ちの要素を取り入れた非常にドラマチックな話になっており、子供の頃読んでがまだ記憶に残っている。

耶馬溪の景勝地

青の洞門の上は耶馬渓の奇岩競秀峰がそそり立ち、景観が素晴らしい。耶馬日田英彦山国定公園の域内にも含まれている。特に晩秋の紅葉時期が素晴らしいとのこと。

洞門からはこの景観を見ることができないが、洞門を山国川に沿って進むと、対岸に渡る橋がある。 対岸には大きな駐車場もある。

青の洞門の景観
青の洞門の景観
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九州一の格式を誇る宇佐神宮

九州で歴史も古く最も格式のある神社である。現在でも祭祀の時には10年に一度、天皇から勅使が遣わされる勅祭社となっている。

宇佐神宮について

宇佐神宮(宇佐八幡神社)は大分県宇佐市にある神社で、全国に約44,000社ある八幡宮の総本社となっている。主祭神は一之御殿:八幡大神 (応神天皇)、二之御殿:比売大神 (多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)、三之御殿:神功皇后である。

皇室が先祖に対して祭祀を行う二つの廟( 二所宗廟)がある。これに伊勢神宮と石清水八幡宮が選ばれている。本来は宇佐神宮が選ばれるべきであったが、遠国であることから近くの京都に宇佐神宮から勧請して石清水八幡宮が創立されたものである。このことから、宇佐神宮と石清水八幡宮は同一と考えてもよい。

また、鎌倉の鶴岡八幡宮は源頼義が石清水八幡宮から勧請して創建された神社で、宇佐神宮、石清水八幡宮、鶴岡八幡宮が三大八幡宮といわれることもある。

宇佐八幡宮神託事件

一般人が天皇になろうとした唯一の人物として弓削道鏡いる。道鏡は「道鏡が皇位に即けしめば、国平らかならん」と宇佐八幡神宮から神託があったと偽つた。称徳天皇はこの真偽を確かめるため、和気清麻呂を宇佐八幡神宮に出向かせて偽りであることを確認している。

宇佐神宮の場所

宇佐神宮の境内

宇佐神宮は広大な境内を持っている。大鳥居から上宮へ行くのに10分程度は歩かなければならない。

大鳥居

大鳥居
大鳥居

広い境内

大鳥居から200メートルほど歩くと神宮庁や御朱印受付など事務棟がある。

宇佐神宮の境内
宇佐神宮の境内

上宮と外宮の分岐点

更に100メートル程度あるくと上宮と外宮への分かれ道に着く。それぞれの鳥居が建っている。

外宮の鳥居
外宮の鳥居

上宮への参道

上宮は鳥居をくぐったあと、なだらかな山道となる。200メートル程度歩くと西大門に着く。

上宮への参道
上宮への参道

西大門(県有形文化財)

上宮の入り口の門。

上宮の西大門
上宮の西大門

西中門

西大門を入ると西中門に突き当たる。この中に本殿はあるが、参拝は南に回り込んで、南中楼門のある方向から行う。西中門の前には天皇が参拝された時に記念立て札が建ってあった。

宇佐神宮の西中門
宇佐神宮の西中門

南中楼門(県有形文化財)

南中楼門の中に国宝の上宮本殿があるが、一般の参拝客は楼門までしか入れない。拝礼する場所は3箇所あり、 それぞれ一之御殿:八幡大神 、二之御殿:比売大神 、三之御殿 : 神功皇后 に対応している。

南中楼門
南中楼門

外宮の拝殿

外宮の鳥居から少し歩くと外宮の拝殿に着く。ここも拝礼する場所は3箇所ある。

宇佐神宮の下宮
宇佐神宮の下宮

若宮神社(重要文化財)

上宮の参道の側に若宮神社がある。古い建物で国の重要文化財に指定されている。

若宮神社
若宮神社

高倉(県有形文化財)

外宮の鳥居を入って直ぐにある。 祭器具等が納められている。味のある建物である。

高倉
高倉

能舞台

広い境内の中に池があり、その上に能舞台が作られている。境内は広く、丹念に散策するには時間がかかる。

能舞台
能舞台

呉橋(県有形文化財)

和気清麻呂などが通った昔の参道上にある橋。10年に一度の勅旨際の時だけ使用される。

呉橋
呉橋

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荘園遺跡田染荘と熊野磨崖仏

国東半島にある古い荘園の様子が推測できる田染荘と大きな磨崖仏はある熊野磨崖仏を観光した。この二つは景観よりもウォーキング的な要素が強い観光地である。

荘園遺跡田染荘(重要文化的景観)

宇佐神宮は千年の昔から国東半島にも多くの荘園を持っていた。国東半島の田染荘には現在も当時に近い荘園が残っており、昔の方法で栽培され、古い田園風景を見ることができる。現在の畑と比べて特別美しいかは疑問であるが、現在の畑は機械を入れるので、形状が長方形に区切られていることが多いが、昔は機械のことを考慮する必要がなかったので、小さくて丸みを帯びている区画もあるということのようである。

田染荘の田園風景
田染荘の田園風景


田園風景をの全体を眺めるために一般の観光客はまず訪れることがない少し高台に登らされた。

今回のツアーはハイキングが目的だったので このような場所にも行った。そこには夕日観音といわれる小さな石仏があった。写真では大変そうに見えるが15分程度登るだけである。

夕日観音のある所
夕日観音のある所
夕日観音
夕日観音

熊野磨崖仏(重要文化財)

田染荘から車で15分程度のところ田原山の山麓に重要文化財になっている大きな磨崖仏がある。

今熊野山胎蔵寺の脇から山道を300メートルほど登ると、鬼が一夜にして積み上げたという伝説が残る自然石を乱積にした石段がある。伝説では99段だが、実際はそれより多そうである。急激な階段であるが、手摺を掴みながら半分手で登った。

鬼が積んだと言われる階段
鬼が積んだと言われる階段

山の上には7メートル弱の大日如来像と8メートルの不動明王三尊像の2体の摩崖仏が彫られている。メインは大日如来像であるが、大きな不動明王三尊像の方に目が行く。

彫られた時期は平安時代と推測されている。

大日如来像

薬師如来像でないかとという説もあるが、現在は大日如来ということで落ち着いている。 なお、重要文化財の指定名称は如来形像である。

大日如来の石仏
大日如来の石仏

不動明王三尊像

不動明王は一般的に怒った顔をしていることが多いが、この像はユーモラスである。剣を持っているので、これは不動明王に間違いないだろう。

不動明王の石仏
不動明王の石仏

神像

不動明王三尊像の横には僅かに顔と推測できる石仏がある。これはここが熊野神社の境内であることから熊野三山と縁のある家津御子大神、熊野速玉大神で、 右側にもに夫須美大神の像があったのでないかと推測されている。

神像
神像

石段を登りきると熊野神社がある。この場所は来るのも大変なので、ウォーキングを目的とした旅行でない限りあまり訪れない石仏であろう。